blogぼちぼちいこか/伊勢志摩不登校ひきこもりを考える会 - 2008/01/17

サークルぼちぼちいこか/伊勢志摩不登校ひきこもりを考える会

2008年01月17日(Thu)▲ページの先頭へ
話すこと・聴くこと・見つめること B
話すこと・聴くこと・見つめること B
 
 
 
3、 見つめること
 
 
 
自分自身を見つめる時、はっきりしていないもやもやとしたものを言葉にして意識化できるようにすることがとても大切になる。その際に、誰かが良い聴き手になってくれると、言葉にして整理しやすくなる。ただ、自分自身の「今」をきちんと言葉にすることができれば、ある程度、自分1人でも自分を見つめなおすことはできる。
 
今、自分は何しているのだろう。呼吸をしている。落ち着いてゆったり呼吸をしている。少し眠い。パソコンを長く使っているから、目が疲れているのかな。忙しいと感じている。少し、忙しすぎてイライラしているかな? 口に出しても出さなくても良いのだが、初めのうちは口に出した方が良いかもしれない。それによって、自分の中に、自分の声を聴き、自分を見つめなおすのを手助けしてくれるもう1人の自分が現れる。このもう1人の自分の助けを借りて、丁寧に自分自身の「今」を見つめなおしてみるのも、時には良いだろう。
 
ただ、その時に気をつけたいのは、あくまでも「今」を見つめるということである。「あの時、ああすれば良かったのに…」ではなく「今も、あの時のことを苦痛に感じている」という事実を見つめるのである。「明日は…をしなければいけない」ではなくて「明日…することを、今、気が重く感じている」事実を見つめるのである。しかし、よく考えてみれば、過去のことは過去のことであって「今」変更することはできないし、未来のことは状況が変化すればどうなるかわからないので「今」悩んでも仕方がない。イライラしたり、気が重くなったりしていても、「今」にこだわることで、感情に流されて動けなくなることから救われる。そして、過去ではなく、未来でもなく、「今」を精一杯生きれば良いということにもなる。
 
ただし、悩みや苦しみや辛さが大きい時は、やはり、専門的な知識や技術を持った聴き手に話を聞いてもらいながら整理する方が、1人で自分を見つめなおすよりも早く気付くことがあったりもする。それを、必要以上に怖がらないことも大切かもしれない。
 
人間は、1人で生まれ、1人で死ぬのだが、生きている間は周りの人々との関係の中で生きていて、決して1人ではない。だから、自分を見つめ直すということは、様々な関係を見つめ直すことにもつながっている。その意味では、必ずしも1人で何もかもする必要はないし、誰の助けもなく1人だけで何もかもを処理しなければならないわけでもない。身近な人々に支えられて、自分の「今」がある。
 
だから、身近な人々や信頼できる人々の助けを借りて「今」を生きれば良いのだし、同時に、周りの人々の中に「今」助けの必要な人がいるのに気付いたら、可能な限り手を差し伸べてあげられれば良いのではないだろうか。「話す」ことも「聴く」ことも、必要に応じて自然にできる人間になれれば良いと思う。
 


   


【サークルぼちぼちいこか/伊勢志摩不登校ひきこもりを考える会】は、事務局の浜口が、【三重県登校拒否・不登校・ひきこもりを考える会】(三重県・考える会)の世話役をしていたところ、「伊勢志摩にも家族会を!!」という声が上がったため作られたものです。


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浜口 拓/志摩市志摩町片田で小中高15校20年の経験とフレネ教育やカウンセリングの知識を生かした《浜口塾》を開いています。教育相談にも応じます。また文学活動などもしています。よろしければ【TAC雑想記】 【TAC文芸樹】のblogも覗いて下さい。

カレンダ
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