blogぼちぼちいこか/伊勢志摩不登校ひきこもりを考える会 - 2008/01

サークルぼちぼちいこか/伊勢志摩不登校ひきこもりを考える会




2008年01月18日(Fri)▲ページの先頭へ
三重県登校拒否・不登校・ひきこもりを考える会/1月のつどい(例会)
三重県登校拒否・不登校・ひきこもりを考える会(三重県・考える会)

1月26日(土) 13:00 〜 17:00
 
 進路の相談と不登校から定時制高校に進んだ体験を語る集い

  会場 : アスト津3F ミーティングルームAB

 ・11月の三重県内の定時制・通信制高校を紹介する会をうけての例会です。
 ・個別相談も、希望があれば進学やそれ以外のものもスタッフの方で行います。


2008年01月17日(Thu)▲ページの先頭へ
話すこと・聴くこと・見つめること B
話すこと・聴くこと・見つめること B
 
 
 
3、 見つめること
 
 
 
自分自身を見つめる時、はっきりしていないもやもやとしたものを言葉にして意識化できるようにすることがとても大切になる。その際に、誰かが良い聴き手になってくれると、言葉にして整理しやすくなる。ただ、自分自身の「今」をきちんと言葉にすることができれば、ある程度、自分1人でも自分を見つめなおすことはできる。
 
今、自分は何しているのだろう。呼吸をしている。落ち着いてゆったり呼吸をしている。少し眠い。パソコンを長く使っているから、目が疲れているのかな。忙しいと感じている。少し、忙しすぎてイライラしているかな? 口に出しても出さなくても良いのだが、初めのうちは口に出した方が良いかもしれない。それによって、自分の中に、自分の声を聴き、自分を見つめなおすのを手助けしてくれるもう1人の自分が現れる。このもう1人の自分の助けを借りて、丁寧に自分自身の「今」を見つめなおしてみるのも、時には良いだろう。
 
ただ、その時に気をつけたいのは、あくまでも「今」を見つめるということである。「あの時、ああすれば良かったのに…」ではなく「今も、あの時のことを苦痛に感じている」という事実を見つめるのである。「明日は…をしなければいけない」ではなくて「明日…することを、今、気が重く感じている」事実を見つめるのである。しかし、よく考えてみれば、過去のことは過去のことであって「今」変更することはできないし、未来のことは状況が変化すればどうなるかわからないので「今」悩んでも仕方がない。イライラしたり、気が重くなったりしていても、「今」にこだわることで、感情に流されて動けなくなることから救われる。そして、過去ではなく、未来でもなく、「今」を精一杯生きれば良いということにもなる。
 
ただし、悩みや苦しみや辛さが大きい時は、やはり、専門的な知識や技術を持った聴き手に話を聞いてもらいながら整理する方が、1人で自分を見つめなおすよりも早く気付くことがあったりもする。それを、必要以上に怖がらないことも大切かもしれない。
 
人間は、1人で生まれ、1人で死ぬのだが、生きている間は周りの人々との関係の中で生きていて、決して1人ではない。だから、自分を見つめ直すということは、様々な関係を見つめ直すことにもつながっている。その意味では、必ずしも1人で何もかもする必要はないし、誰の助けもなく1人だけで何もかもを処理しなければならないわけでもない。身近な人々に支えられて、自分の「今」がある。
 
だから、身近な人々や信頼できる人々の助けを借りて「今」を生きれば良いのだし、同時に、周りの人々の中に「今」助けの必要な人がいるのに気付いたら、可能な限り手を差し伸べてあげられれば良いのではないだろうか。「話す」ことも「聴く」ことも、必要に応じて自然にできる人間になれれば良いと思う。
 


2008年01月16日(Wed)▲ページの先頭へ
話すこと・聴くこと・見つめること A
話すこと・聴くこと・見つめることA
 
 
 
2、 聴くこと
 
 
 
良い聞き手の存在が、自分自身を見つめ直す助けになる訳だが、人と人との関係においては、話す場合ばかりでなく、聞く立場に立つことも当然ある。特に、家族や友人など自分にとって大切な人が悩んだり困ったりしている時には、当然、話を聞くような機会も出てくるだろう。その時に、私たちはきちんと相手の話を聞くことができるだろうか。
 
誰かが相談に来た時にけっこう多いのが、相手の話をきちんと丁寧に聞かずに「問題点」や「課題」を自分の解釈で判断し、すぐ「解決策」を出そうとしてしまう「聞き方」である。もちろん、それが的を射ていて相手もその「解決策」を受け入れて実行する場合も少なくない。けれども、きちんと聞かなかったために的外れの「答え」を出してしまい、相手を失望させてしまう場合だってある。特に、相手が自分自身を見つめ直す必要がある時や、単に話を聞いて欲しいだけの時は、性急に「解決策」や「答え」を出してしまうと返って信頼を損なってしまうこともなりかねない。それは、その聞き方が「きちんと丁寧に」話を聞いていないからである。
 
では、「きちんと丁寧に」聞くとはどういうことなのか。これからそれを【聴く】という字を使って考えてみよう。「聞く」と「聴く」では「聴く」の方が丁寧に耳を傾けるというイメージになる。日常的には話を「聞く」ことは多いが、話を「聴く」ことはそれ程多くはない。それは、「聴く」のがけっこう大変だからである。「聴く」ためには、意識を相手に集中させなければならない。そして、相手に意識を集中させることで、同じ言葉であってもその言葉の奥にある微妙なニュアンスの違いから、相手の思いや感情に心を合わせていけるようになる。けれども、集中するのはけっこう大変で、ある程度慣れないと長時間は持たない。集中力が途切れてしまうのである。
 
とは言っても、やはりきちんと聴いてあげなければならない時、というのはある。相手ときちんと向かい合い、集中することによって、聴こうとする心の姿勢が相手に伝わる。それが相手との関係を深めていくことにもつながっていくのである。
 さて、話を聴くときには、どういう点に気をつければ良いだろうか。カウンセリングの場では、話し手の思いや感情に寄り添うということを大切にしている。この話の中にある問題点は何で、どうすれば解決するのか…ということよりも、この話をしている今、どんな思いでしているのか…とか、今、どんなことを感じているのか…というようなことを大切にしながら聴くのである。
 
例えば、頭では分かっているけど、どうしてもできない…というようなことがある時、自分の中に気付いていなかったり押し殺していたりする感情があったり、意識していない(意識すると辛かったり悲しかったり苦しかったりする)何かがあったりする場合が多い。きちんと聴いてもらうことで、それらに自分自身で気付くことがある。自分の見つめ直しである。その時に、思いや感情に寄り添って聴いてもらうと気付きやすいのである。それに、感情や感覚の面で気持ちを重ねてもらえると「一人ぼっちではない」という実感も得やすく、孤独感からも解放されたりする。自分をわかってくれる人の存在を実感することによって、人は一歩前に踏み出す勇気とエネルギーを得ることができるのである。
 
そういったことから、聴いてくれる人の存在そのものが自分を見つめ直す際には大きな助けになる。だからこそ、自分の周りに聴いてくれる誰かがいて欲しいし、同様に、自分自身が大切な周りの誰かにとって、聴いてあげられる人でありたいと思う。
 


2008年01月15日(Tue)▲ページの先頭へ
話すこと・聴くこと・見つめること @
話すこと・聴くこと・見つめること@

 
はじめに
 
 
12月下旬に、鳥羽で行われたエンカウンター・グループに参加した。実は、不登校・ひきこもりの親の会も、エンカウンター・グループの一種である。日常の場から少し距離をとって深く話し込むことによって自分自身を深く見つめなおす機会をつくり、その体験で得たものを日常の場に生かしていく……という点からすれば、まさしくエンカウンター・グループの条件を満たすものだと言える。
 
ただ、今までの親の会というエンカウンター・グループの場においては、どちらかと言えば、まとめ役であるファシリテーターとしての参加であったのに対し、鳥羽での体験は、ファシリテーターではなく、初めて、一般の参加者の立場での参加であった。その中で、最近、童話や小説を書く時間を取れていないことが自分で考えていた以上に大きなストレスになっていたことを発見した。自分らしくあるために大切なものを再確認できたことは大きな体験だった。
 
それとは別に、話すことや聴くこと、そして自分自身を見つめることについて、あらためて考えてみる機会ともなった。今回は、そのことについて少し整理してみたいと思う。
 
 
1、 話すこと
 
 
話すということは、他者に自分の思いを伝えることだと一般には考えられている。けれども、よく観察してみると、自分の思いと話している内容には多少なりともズレがあるし、状況によっては、自分の思いを隠すために意識的に自分の思いや考えとずれている内容を話すことも少なくない。それに、話した内容と相手に伝わった内容の間にも、多少なりともズレが生じる。それを考えれば、思いを話すことによって他者に伝える…ということは意外と難しいのである。
 
人間関係にコンプレックスを持つ人は、その意味では、話すことの難しさを強く感じている場合が多い。自分のことを分かって欲しいという思いはあっても、思いを表現する適切な言葉がとっさに見つからなかったり、どういうタイミングで話に入ったらいいか…とか、どういう声のかけ方をしたらいいか…とか、どう言葉を返したらいいか…とかがわからなかったりして、どう相手と会話すればいいかが分からず自信もない。そのため、押し黙ってしまったり、その場から逃げ出したりして一層自信をなくし、話すことそのものまで苦手になってしまう場合も少なくない。
 
例えば、近所の人に「こんにちは」と声をかけられても、どう反応したらいいか分からなくて困ってしまう…などということも起こったりする。単純に、「こんにちは」と返して、ニコッと笑えばそれで済むことなのだが、考え込んでしまうためにそれができない。けれども、意識して行動を積み重ねていけば、次第に違和感がとれて、あまり考えずに対応できるようになる。そういうことも、「技術」として学び、トレーニングを重ねればある程度できるようになっていく。そんなケアも大切だろう。
 
ただ、「話す」ということは、他者とのコミュニケーションをする時だけでなく、自分自身を見つめ直す時にも大きな意味を持つ。例えば、会話をしている中で、少しずつ自分の考えが整理されていくという経験を持つ人はけっこういるのではないだろうか。人間の思考というものは、言葉に大きく依存している。だから、頭の中のイメージを言葉にすることで自分の考えや思いが整理できるのである。その時に、良い聞き手がそばにいてくれると、特に、自分自身では今まで気付いていなかったことに気付くことも少なくない。
 
エンデの有名な作品で映画にもなった『モモ』という童話では、主人公のモモが町の人々の良い「聞き手」になっているシーンが出てくる。誰かがいろいろな問題や悩みをかかえて困っていると、町の人々は「モモのところへいってごらん」と声をかける。モモは子どもなのでそうした問題や悩みに対する「解決策」を持っているわけではない。ただ、問題を抱えた大人がやってきた時に、その話を本当に一生懸命聞くだけである。だが、話しているうちに、人々は気付き、きっかけをつかむことができるのである。
 
カウンセリングの過程も、モモの話の聞き方に似ている。カウンセラーは、話し手の言葉に丁寧に耳を傾け、その思いや感情に寄り添って、話し手の中でモヤモヤとわだかまっている思いや感情に言葉の光をあてようとする。その思いや感情にピッタリと重なる言葉が、話し手の口から出る場合もあるし、話を聞いているカウンセラーの口から出る場合もある。ただ、思いや感情に明確な言葉を与える、というそれだけのことで、それまでは自分自身でも気付かなかったことに気付き、意識化していくことが可能になる。その意識化が、先へ進むための一歩を踏み出すきっかけになるのである。
 
そうした意味において、「話す」ということは他者とのコミュニケーションのためばかりでなく、自分とのコミュニケーション…つまり自分自身を見つめ直すためにも重要な意味を持つ。ある程度知識を持っていて、訓練も積んでいれば、自分1人でそれができる場合もあるし、人によっては日記や文章にすることによって自分を見つめ直すことができる場合もあるが、別に、すべて自分1人でしなければならない訳ではない。自分の周りに、良い聞き手を見つければ良いのである。壁を作らずに安心して話せる相手。それは、親友かも知れないし、先輩かもしれないし、配偶者かも知れないし、兄弟や姉妹かもしれない。あるいは、先生や上司であっても良いし、何かのグループの仲間の1人でもかまわない。とにかく、きちんと話に耳を傾けてくれる良い聞き手を持つことによって、自分自身を見つめ直すきっかけができるのである。
 


2008年01月14日(Mon)▲ページの先頭へ
伊勢志摩不登校ひきこもりを考える会/例会案内(1月,2月)
ぼちぼちいこか
(伊勢志摩不登校ひきこもりを考える会)例会


〔伊勢/子どもみらい会議 と合同〕

   日時 1月27日(日) 
    午後1時30分〜4時頃

 
 会場 志摩市阿児町鵜方1975 
   志摩市鵜方公民館 2F小会議室
   (近鉄鵜方駅北口下車・徒歩数分)
       電話…0599-43-2211

 
 子どもみらい会議 例会

〔志摩/サークルぼちぼちいこか と合同〕

   日時 2月24日(日)
   午後2時〜4時頃 


 会場 いせ市民活動センター南館2F
  (伊勢税務署横・外宮前交差点のそば)

 
 *1月、2月ともに合同での例会になります。


2008年01月08日(Tue)▲ページの先頭へ
三重フレネ研究会1月例会
〈1月研究会の提案 〉
 1月12(土)  午後3 : 30 〜 6 : 00 
   三重大学教育学部3階 教育学実験調査室(3階北西角)
 ・正門横の駐車場から向かって左の建物の左奥にある教室です。
校舎の入口がしまっていますので、窓から降りている紐で合図
して下さい。

《テーマ》
  西日本ブロック研究会のレポート検討
 ・2月の西日本ブロックの合同研究会で発表するレポートを持ち寄って、
 みんなで検討していきます。


   


【サークルぼちぼちいこか/伊勢志摩不登校ひきこもりを考える会】は、事務局の浜口が、【三重県登校拒否・不登校・ひきこもりを考える会】(三重県・考える会)の世話役をしていたところ、「伊勢志摩にも家族会を!!」という声が上がったため作られたものです。


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浜口 拓/志摩市志摩町片田で小中高15校20年の経験とフレネ教育やカウンセリングの知識を生かした《浜口塾》を開いています。教育相談にも応じます。また文学活動などもしています。よろしければ【TAC雑想記】 【TAC文芸樹】のblogも覗いて下さい。

カレンダ
2008年1月
   
   

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