blogぼちぼちいこか/伊勢志摩不登校ひきこもりを考える会 - 2009/08

サークルぼちぼちいこか/伊勢志摩不登校ひきこもりを考える会




2009年08月24日(Mon)▲ページの先頭へ
三重フレネ研究会 9月例会
〈9月研究会の提案 〉

 9月5日(日)  午後3 : 30 〜 6 : 00 
 
 三重大学教育学部2F グループプロセス室


 (教育学部道路側階段を上がった右角)

・正門横の駐車場から向かって左の建物の階段横にある教室です。
校舎の入口がしまっていますので、
佐藤か浜口まで電話して下さい。

《テーマ》
    表現する教室 〜作文を読み合う〜 


・レポートを打診したら、早速、「やります」との返事とレポートテーマが返ってきた、意欲満々のK先生による小学校での実践レポートです。


2009年08月23日(Sun)▲ページの先頭へ
【若者就業サポートステーション・みえ】のご案内
若者就業サポートステーション・みえ
 
〔サポステ・みえ〕
 
支援対象者 : 39歳くらいまでの無業状態にある方、保護者、関係者
・ご利用は無料、相談は予約制(事前連絡が必要)です。
 
〒514-0009 三重県津市羽所町700 アスト津3F
Tel & Fax : 059-271-9333
Email : sapostemie@mie-kinfukukyo.or.jp
URL : http://www.mie-kinfukukyo.or.jp/sapostemie/ 
《個別相談》
津会場(アスト津ビル)
月曜〜金曜 13:30〜17:30
土曜(第4土曜を除く) 13:00〜17:00

《出張相談》
桑名会場(桑名市勤労青少年ホーム)
毎月第2水曜日 13:00〜17:00
 
四日市会場(四日市市商工会議所)
毎月第1・3水曜日,第2・4木曜日 13:00〜17:00

松阪会場(松阪市プラザ鈴)
 
・その他、メール相談、セミナー開催、訪問支援(北勢・中勢地域)職場体験(北勢・中勢地域)なども行っています。


2009年08月22日(Sat)▲ページの先頭へ
伊勢志摩不登校ひきこもりを考える会例会案内(9月)
ぼちぼちいこか
(伊勢志摩不登校ひきこもりを考える会)

 
ぼちぼちいこか 志摩例会

日時 9月20日(日) 午後1時30分〜4時頃

会場 志摩市阿児町鵜方1975 
  志摩市鵜方公民館 2F小会議室

 (近鉄鵜方駅北口下車・徒歩数分)
  電話…0599-43-2211
 
浜口 / 電話…0599-85-2752 
E-mail…ZAN20571@nifty.com 
 
子どもみらい会議 伊勢例会
 
日時 9月19日(土) 午後7時〜9時
  
会場 いせ市民活動センター南館2F 
 
(伊勢税務署横・外宮前交差点のそば)


2009年08月21日(Fri)▲ページの先頭へ
三重県登校拒否・不登校・ひきこもりを考える会/9月例会(講演会)
【三重県登校拒否・不登校・ひきこもりを考える会】
 
9月例会 講演会
 
カウンセリングの現場から見える子どもの姿と親子関係
 
〜不登校やひきこもり、うつや発達障害の姿と微細な心の動きとその対応について〜

講師 … 二ノ村玲子 先生
     ( 臨床心理士 / RAY心理研究所主宰 )

日時 : 9月6日(日) 13:30〜17:00

会場 : アスト津 3F 交流スペースABC


 
・浜口のスーパーヴァイザー( カウンセリング実習の指導 )を務めてくれている
先生で、多くの臨床経験をお持ちです。
・講演の後、スタッフによる不登校・ひきこもりの個別相談も受け付けます。


2009年08月05日(Wed)▲ページの先頭へ
現実を見つめることD
自我の確立と成熟
 
  
現実を見つめることについて述べてきましたが、現実を見つめるということは、心の問題としての自我の確立や成熟の問題と関わっています。自我の確立は青年期の課題ですが、当事者にとっての不登校やひきこもりの問題は自我の確立の過程と深く関わっている場合も多いのです。現実を直視し、自分自身ときちんと向き合うためには孤独になる時間や空間もまた、必要となるからです。ところが、今の日本における日常生活の中では、そうした時間や空間を確保することが、意外と難しい場合が少なくありません。そのため、年齢的には大人であっても、自我の確立という点から見ればまだまだ不十分ではないか、と感じられる人を時々見かけることがあります。ましてや、思春期や青年期の子どもや若者を見ているとそうした例はいっそう増えると言って良いでしょう。
 
けれども、本来の日本社会の精神的な伝統を考えればそれもまた当然かもしれません。「出る杭は打たれる」という諺がありますが、「出る杭」こそ、自我の確立の結果であるにも関わらず、現代日本においても、けっこう「打たれる」=周囲から攻撃される、という場合が少なからずあるからです。しかし、一度自我を確立する方向に進んでしまうと途中で止めよう、元に戻ろうとしてもシンドイ思いをしてしまいます。返って、覚悟を決めてきちんと自我を確立する方向に進もうとする方が良い結果になる事が多いようです。その意味では、不登校やひきこもりの例の中には自我の確立の課題に取り組んでいる場合が少なからず見受けられます。もちろん、本人が必ずそれを意識しているとは限りません。いや、意識していない場合の方が多いかもしれません。それでも、不登校やひきこもりという「壁」を乗り越えることで、自我は確実に強くなります。その場合、不登校やひきこもりを経験しない子や若者よりも強い自我を獲得することもあるのです。
 
だから、周囲の大人の立場からすれば、不登校やひきこもりの経験も、そうした自我の確立の試練として乗り越えられるようにサポートできれば良い……と考えれば良いということになるでしょう。ところが、「大人としてのサポート」には、それなりに自我の強さや深まりが必要となります。実は、大人の方が子どもに依存している例があったり、無意識のレベルで子どもの成長と巣立ちを受け入れられずにいたりする、というような場合もあるのです。その意味では、子どもにとっての自我の確立は、周囲の大人に取っては自我の成熟の課題ともなっています。けれども、これがまた、思いの外難しかったりもするのです。自我の問題は、人間の一生の課題とも言えるでしょう。
                                   〔完〕
 


2009年08月04日(Tue)▲ページの先頭へ
現実を見つめることC
逃げてしまったら
 
  
現実をきちんと見つめ、それに向き合うことの大切さについて述べてきましたが、それでも、あまりにも大変な現実、受け入れがたいと感じられる現実を前にして、それから逃げてしまう場合はあります。逃げることで、取り敢えずその時だけは何とか凌いだと思えることも少なくないからです。そのような経験は、私にもたくさんあります。思い返すと、私もけっこう逃げました。
 
ただ、逃げることでその場はどうにかなっても、問題を解決したわけではないので、結局、時間を置いて同じ問題に取り組まざるを得なくなりました。そして、その場合、逃げた時よりも問題はもっとややこしくなっていたことの方が多かったように記憶しています。
 
そうした経験を積み重ね、私は、次のことを学びました。
 
*逃げずに向き合いに越したことはないが、どうしても「今の自分」の手に余るならば、「今は逃げる」というのも1つの選択である。
*ただし、逃げたことをきちんと意識しておく必要がある。なぜなら、時間を置けば、問題は再びより困難な形になって巡ってくるからである。
*だから、次に巡ってきた時にはきちんと向き合い、それを乗り越えるだけのちからを身に付ける努力をしなければならない。

「逃げちゃダメ」だけど、それでも逃げてしまったら、次に逃げずに済むように努力をする、こういうことなのです。最悪なのは、「逃げた」ということをごまかすことです。衆議院解散を何度も何度も引き伸ばし続けた麻生首相の言い訳は聞き苦しかったし、その姿は非常に見苦しいものでした。他人をごまかすための嘘や虚勢は、言い続けることで、やがて自分自身をも信じさせてしまう場合があります。そうなると、「逃げた」ということを意識できなくなってしまい、「逃げ癖」がついてしまいます。その結果、逃げ続けた問題はどんどん大きくなって人生に立ちふさがり、幸福を蚕食してしまうのです。
 
逃げた自分自身をごまかすことは、現実から目を逸らすことです。そして、逃げた自分自身を意識してそこから努力を重ねることは、自分の現実を見つめ、そこから出発することにつながります。シンドイ「現実」を前にして、どうしても逃げてしまうことは誰にでもあるでしょう。けれども、「逃げた」という自分の「現実」から目を逸らしたり、あるいは「逃げた」という過去の自分の姿に捉われて落ち込み続けたりしていても先には進めません。「逃げた自分」を見つめるのは辛いことですが、その現実をきちんと見つめ、そこから出発することは、自分自身の人生を切り拓いていくことにも繋がっていくのです。
 


2009年08月03日(Mon)▲ページの先頭へ
現実を見つめることB
それでも現実に向き合うことの大切さ 
 
現実に向き合うことは、それなりの経験を積み、地位や権力を持っているような大人でもけっこう難しい……ということを述べてきましたが、同時に、それでも現実に向き合うことが大切であることも書きました。この点について、もう少し丁寧に考えてみましょう。
 
子どもが不登校になったとき、大人の反応としては、まず無理やりにでも学校に連れて行こうとする場合が少なからずあります。学校へ行かないと将来苦労する、だから学校へ行くべきだ、それが社会の現実だから……。そういう主張は、よく耳にします。それは、確かに現実の一部です。けれども、それを口にする大人は、「子どもが学校に行けない」という現実をきちんと受け入れたり、そういう現実にきちんと向き合ったりしていない場合が少なくありません。だから、「なぜ、学校へ行かなければならないのか」とか「学校の勉強なんか社会に出ても役に立たないから無駄だ」などと反論されたときに答えにつまってしまったりします。

単に、大人である自分の「常識」を押し付けようとしているだけで、子どもの感情や思いという「現実」を見ようとしていないと、一般常識や他所から借りてきた「権威ある言葉」を振りかざすだけで、きちんとした自分の存在をかけた思いや感情を乗せた言葉を語ることが出来ないために、揺れたりブレが生じたりしてしまって、きちんと正面から答えられなくなってしまうのです。
 
自分の存在をかけていない、「一般常識」や他所の権威から借りてきただけの言葉では、実存の危機に悩み苦しんでいる子どもの心にはなかなか届きません。子どもたちは「学校に行きたい」と口にすることもあります。けれども行けない。そんな時に、「一般常識」や、自分が実行していないような他所の誰かが言った「権威ある言葉」など、全然意味はない。だから子どもの心に届かないのです。

なぜなら、子どもたちはそれなりに「知っている」からです。そして、「知っているのに出来ない」ことに苦しんでいるし、その苦しみを言葉で伝えきれないもどかしさや辛さを感じていたりします。それらも含めた子どもの「現実」も理解し、一方で、高卒の資格もないと就職の時に大変だし派遣社員やフリーターなどをしていると「派遣切り」などに合ったら路上生活をしなければならないかも知れないから将来のことを考えると胸が痛む……という「現実」も、自分の言葉で伝えていく。その上で、今必要なことや、今出来ること、そして将来に渡って生活を維持するために考えておかなければならないことなどを一緒に考えてみる。それが、「現実に向き合い、そこから出発する」と言うことではないでしょうか。
 
「高校を出ておかないと苦労する」は、単なる常識ですが、「仕事先では高校中退でフリーターをしていた人が真っ先にクビになった。お前がそんなことになったら大変だと思うと胸が痛む」というのは、親としての正直な思いです。一見、同じように思えても、前の言葉は、聞き方によっては脅しになりますが、後の言葉には、「(親の)胸が痛む」という気持ちが入っています。そうした思いは、大人自身の言葉として出てくるものですし、子どもが明日学校に行っても行かなくても、その行動自体で思いが揺れることはありません。明日の登校がどうかに関係なく、子どもフリーターをしていて突然クビになるような姿を見たら、親は辛いのです。そして、それらの思いも含めたところに、大人の「現実」はあるのです。
 
そんな風にして、大人としての自分が痛感している「現実」と、今、目の前にいる子どもの「現実」の双方に目を向け始めると、語る言葉とそれに応じる言葉は少しずつであれ、変化していくものです。
 
ただ、子どもは子どもである以上、大人以上に精神的なもろさや不安定さ、未熟さを持っています。だから、「分かっていてもできない」「やり通せない」といった場合も少なくありません。例えば、昨年に続いて今年も映画館でリニューアル版の新作が現在(09年夏)上映されている「エヴァンゲリオン」というアニメーションの主人公、碇シンジ(中2)の最初のTVシリーズでの口癖は「逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ…」でした。シンジは、幼い時に母親を失い、子どもを愛することに不器用な父親によって「捨てられた」「評価されていない」という思いがあり、自分の存在が大切で価値のあるものだという実感が持てません。そのため、何事においても自信が持てず、大切なところで逃げてしまいたくなります。
 
シンジ自身はそのことを自覚しているため「逃げちゃダメだ…」という口癖になるのですが、その不安定な精神を支えてくれると信じられる家族/大人を見出し得ないためにとても辛い思いを抱えて生きています。アニメでは彼と同居することになる桂木ミサトが、彼を支え、さらに転校した学校で出来た友達にも支えられて、少しずつ自己主張や決断ができるようになっていきます。ただ、支える側も支えられる側も試行錯誤の連続で、それなりに辛い思いも味わいます。それでも、大人の証しとして、子どもや自分よりも若い世代の人々をサポートしたり支えたりできる程度には、心の強さと心の豊かさは身に付けておきたいものです。



2009年08月02日(Sun)▲ページの先頭へ
現実を見つめることA
現実に向き合うことの難しさ
 
 
人間は誰もが、好むと好まざるとに係わらず、現実の中で生きていかなければなりません。けれども、実は、自分を取り巻く現実をリアルに認識する事はけっこう難しいことが少なくないのです。なぜかというと、自分にとって都合の悪い現実から目をそらす場合、あるいは都合の悪い現実そのものを見ようとしない場合が少なからずあるからです。
 
けれども、人間として主体的に、生の実感を持って生きていこうとすれば、(いわゆる「透明な存在」「生きている実感がない」ようなことになりたくなければ、)例えそれが自分にとって都合の悪いものであっても、きちんと現実を見つめて生きる必要があります。自分にとっと都合が悪かったり受け入れたくなかったりすることも含めたリアルな現実を見つめ、その現実から出発しなければ、問題の本質を捉え、状況を改善していくための手立てを見つけられないからです。
 
ところが、それができない人間は意外と多いのです。なぜなら、都合の悪い現実を見つめるには勇気が必要だからです。自分の弱さや、自分が逃げている姿を見つめ、それも含めた自分全体を受け入れることは痛みが伴いますし、自分のプライドや自信が崩れてしまうことも少なくありません。さらに、そうした現実から出発して状況を改善する努力を積み重ねていくためには、強い意志も必要とされる場合も出てきます。その過程で、今までの「自分」を変えていくための努力も必要なのですが、それにはより一層の痛みも伴います。なぜならそれは、今までの経験や生き方の中で作り上げた「自分」という枠組みを一度は壊し、それをもう一度作り直さなければならないからです。が、今までの「自分」の枠組みを壊す時に感じる痛みや辛さは、思っている以上に大きかったりすることもあり、その痛みや辛さに耐えかねて、途中で挫折したりする場合もけっこう出てきます。人間は、なかなか自分を変えられないのです。
 
例えば、安倍元首相や福田前首相、麻生現首相など(09年7月現在)も、一国の首相を経験しているような大人であるにも拘らず、現実をきちんと見つめられない人たちです。だからこそ、支持率の低下や参議院選の敗北、国会のねじれ、自民党大敗予想などのシビアな現実に対して根本的な対策を出し得ず、虚勢を張ったり、ごまかしたり、他者や野党のせいにして政権を投げ出したり、ただただ自分が政権の座にあることのみに執着して居直り続けたりするのでしょう。昨年秋からの現状を見れば、解散すれば、自民党の敗北は必至という状況でした。けれども、その「現実」を受け入れてそこから出発する覚悟が自民党にも麻生首相にもなく、辛い現実を受け入れられませんでした。その結果、「景気対策」や「予算」などに逃げることによって、解散の時期を逸し、返って自民党の党勢を損なってしまいました。昨年秋に総選挙を実施していれば、一時は敗北に苦しんだかも知れませんが、後を継いだ民主党中心の政権がミスをする可能性も少なくなく、東京都議選ももう少しましな結果になったかも知れません。けれども、麻生首相も自民党もその決断から逃げたために、都議選では歴史的な大敗北を喫し、さらにその後の党の混乱によって一層民意を失い、現在は党崩壊・解体の危機すら出ています。
これなどは、現実から眼を逸らして問題から逃げ、解決を先送りすればするほど、問題はより大きくなって再び、あるいは何度も繰り返し自分の行く手をふさぐ……という、あまりにも明白で、見事なまでにテキスト通りと言えるような例でしょう。
 
もちろん、現実の問題が大き過ぎて現在の自分の手に余る場合もあるでしょう。そういう現実認識の場合は、現時点では逃げる……というのも1つの選択肢となります。けれども、そこで大事なのは、「今は、自分の手に余るから逃げるのだ」という認識をきちんと持っておくことです。当然、現時点で逃げる以上、後々それは形を変えて自分の行く手をふさぐ事になります。それを知っていれば、その時に備えて力を蓄える努力をする必要があるのは分かるし、また、意識的に努力を続けることになるでしょう。このような場合は、形の上では「逃げ」であっても、大きな視点から見れば「現実」を見据えた対応となります。その場合は、将来的には何らかの解決策が見出せる場合も少なくないのです。このことを知っておく事が大切でしょう。
 


2009年08月01日(Sat)▲ページの先頭へ
現実を見つめること@
はじめに
 
 
不登校やひきこもりの相談を受けていて、現実から出発することを説いたり、書いたりすることは少なくありません。自分自身の現実を真摯に見つめ治し、そこからスタートしないと先には進まないからです。例えば、掛け算の九九を覚えないで割り算の筆算を理解しようというのは無茶であり、無理な話です。割り算の筆算ができるようになりたいと考えるならば、まず、自分が掛け算の九九を覚えていないという現実を見つめ、そこから出発しなければ、掛け算の筆算や暗算にたどり着けません。掛け算の筆算や掛け算の暗算といった土台が無ければ、割り算の筆算の仕組みをスムーズに理解するのは難しいからです。
 
ところが、教育相談やカウンセリングの場においては、この、【現実からスタートする】ということが出来ていない子どもや人に出会うことが少なくありません。先ほどの、割り算の筆算の例でいえば、掛け算の九九ができない/覚えていないことを認めなかったり、ごまかしたりする……という場合がかなり多いのです。
 
そういった形で、現実をきちんと自分のこととして引き受けられずに放置していると、どんなに焦ってもなかなか先へは進めません。すると、「算数はきらいだ」とか、「電卓があるから、筆算なんか覚えなくてもいいんだ」というような形で言い訳を重ねて、自分の問題から逃げる姿勢がパターン化して、どんどん強化されていきます。そして、取り組もうとする意欲もなくなり、いつまで経っても「出来ない」という状態に陥り、それを突きつけられるといつも逃げたりごまかしたりするようになってしまうのです。
ところが、人生というものは何とも不思議なもので、そうやって逃げていた問題は、その瞬間・その場では何とかごまかせても、後になってより大きな問題として自分の身に降りかかってきます。例えば、大きくなって結婚し子どもが出来てしばらくした頃、子どもから「割り算の筆算が分からないから、教えて?」と、無邪気につきつけられたりするのです。

だからこそ、現実をきちんと見つめることはとても大切になってくるのですが、一方で、それが結構難しい…という場合も少なくありません。そこで今回は、現実を見つめる…ということについて、少し考えてみようと思います。



   


【サークルぼちぼちいこか/伊勢志摩不登校ひきこもりを考える会】は、事務局の浜口が、【三重県登校拒否・不登校・ひきこもりを考える会】(三重県・考える会)の世話役をしていたところ、「伊勢志摩にも家族会を!!」という声が上がったため作られたものです。


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浜口 拓/志摩市志摩町片田で小中高15校20年の経験とフレネ教育やカウンセリングの知識を生かした《浜口塾》を開いています。教育相談にも応じます。また文学活動などもしています。よろしければ【TAC雑想記】 【TAC文芸樹】のblogも覗いて下さい。

カレンダ
2009年8月
           
         

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