blogぼちぼちいこか/伊勢志摩不登校ひきこもりを考える会 - 2010

サークルぼちぼちいこか/伊勢志摩不登校ひきこもりを考える会




2010年12月12日(Sun)▲ページの先頭へ
伊勢志摩不登校ひきこもりを考える会例会案内 (12月)
ぼちぼちいこか
 
(伊勢志摩不登校ひきこもりを考える会)

 
ぼちぼちいこか 志摩例会

日時 12月19日(日) 午後7時〜9時
 
会場 志摩市阿児町鵜方1975
 
志摩市鵜方公民館 1F図書室(または小会議室)

 
(近鉄鵜方駅北口下車・徒歩数分)
  電話…0599-43-2211

  浜口 / 電話…0599-85-2752
  
  E-mail…ZAN20571@nifty.com 
 
子どもみらい会議 例会
 
日時 12月18日(土) 午後7時〜9時 
 
会場 いせ市民活動センター南館2F 
 
(伊勢税務署横・外宮前交差点のそば)
 
 
【ちょっとオススメbook】
 
 池上正樹 著
『ドキュメントひきこもり〜長期化と高年齢化の実体〜』
     宝島社新書 2010年  ¥667+税
 
・ひきこもりの高年齢化が問題として語られ始めていますが、丁寧な取材を通して、様々な現場での具体的な実態を紹介してくれると共に、ひきこもり問題を改善していくために真摯に取り組んでいる人々やグループの活動や対応をも紹介してくれています。現場での厳しい実体を知る上でも、何をしていったらいいのか、何が出来るのかを考える上でも重要な指針を示してくれる本です。


2010年12月04日(Sat)▲ページの先頭へ
ビジョンとステップ2010 C

四、ステップ…短期的課題(周囲の人々について) 
 
次に、当事者の家族やサポートをする周囲の人々の「ステップ」についても考えてみましょう。
 
先に述べたように、当事者の「ステップ」をサポートするように動けば良い、というのが基本ですが、家族や周囲の人に知識や外の世界と本人をつなぐ情報やネットワークを持っていれば、よりサポートは楽になります。そして、周囲の支えやサポートを受けて家族や当事者本人に接する人がある程度の知識を持ち、精神的に安定していれば、本人も安心して自分の当面の課題に取り組めるようになります。だから、当事者本人も大事ですが、お父さんはお父さんなりに、お母さんはお母さんなりに自分自身も大切にするようにしなければならないのです。
 
不登校や引きこもり問題に取り組むに当たって「子ども本人が1番傷ついている。だから、子どもを1番大事にしなければならない」と言われる場合があります。それは確かに正しいし、それを貫ける精神的な強さを親や周囲が持ち得ている場合はそれで良いでしょう。しかし、大人であっても、すべての人が精神的に強い訳ではありません。大人の側が、そうした「子どもが1番」を貫けない「弱さ」を残している場合も決して少なくない……というのが、親を始めとする大人の偽りの無い「現実」なのです。その意味では、自分の親や大人としての「弱さ」という「現実」を受け入れ、それから出発して、実行可能な「ステップ」を1つひとつ着実に刻んでいく……というのが、最も現実的な対応となります。
 
家族の誰かが不登校や引きこもりという状況になってしまった場合、それが数日や数週間、あるいは数ヶ月といった短い期間で改善する事は、実はあまり多くはありません。けれども、時間をかけてサポートを続ければ改善する可能性は高いし、その苦しみを乗り越えた当事者は精神的に大きく成長し、今までよりも強く、そして優しくなれるのです。
 
だから、本人の未来を信じ、息の長いサポートを続ける事こそが大事になります。逆に、親を始めとする周囲の大人たちが「本人が1番大事だから…」と、自分を殺して無理の多いサポートをしていると、結局は周りがすぐに燃え尽きてしまって息切れし、後が続かなくなるのです。サポートが消滅すれば本人の心もより不安定になるし、家族も含めた状況はより悪化する可能性が高くなります。その意味で、自分自身の弱さも含めた「現実」から出発する事は、自分のためというだけではなく、長い目で見れば当事者にとってもプラスになる事なのです。だからこそ、親や家族の1員である自分自身も大切にしなければならない、という事になります。もちろん、その際にはある場面・場面で当事者の要求と自分自身の「現実」とがぶつかり合う場合も出てくるでしょう。けれども、その中でお互いに折り合いをつけ、関係を良い方向に持っていく努力をする事は、当事者にとっても大切な経験となり得るのです。
 
そうした意味で、親や周囲の大人も「現実」を受け入れながら、続けられる努力を重ねれば良いと考えられます。そして、今の時点で行っている対応や努力が続けられない(あるいは非常に負担に感じる)ならば、それは、自分の「現実」をきちんと見つめきれていない可能性が高いという事です。そのような場合、実は話はあまり難しくはありません。もう1度「現実」を見つめ直せば良い、というだけなのです。
 
そしてその時には、すべてを1人で背負う必要はありません。他の家族や、信頼できる友人や知人・仲間にサポートをしてもらっても構わないのです。そうやって、「現実」を見つめ直せば、親や家族としての「自分」の新しい「ステップ」が見えてくるでしょう。それに合わせて、今の時点の努力を、長く続けられるものに修正していけば良いのです。
 
その際に、親や家族としての思いを伝えていく事も大切であるという事になります。それが、親としての自分・家族としての自分を大切にする事にもつながってくるのです。本人と自分、どちらかではなく両方ともが大切であり、自分にとっても当事者本人にとっても、自分自身とお互いの存在そのものがかけがえのない存在なのです。
 
しかし、そうした「思い」を伝える際には、解決を焦って《イベント》を企画しないように心がけた方が良いでしょう。何かをきっかけに状況が好転する事は確かにあるのですが、安易な「きっかけ」を周囲の大人の側が用意しても、当事者本人に見透かされたりして、返って状況が悪化する事も少なくありません。それよりも、日常的な努力の積み重ねの過程で起こる《アクシデント》が、本当の意味での「きっかけ」となる確率が高いのです。
 
サポートを地道に続けていけば、機が熟した時に《アクシデント》が起こる。その時を逃さずに、そうした《アクシデント》を当事者本人が自分の力で越えていけるようにサポートしてやる事が大切になります。例えば、今までがんばっていたお母さんが体調を崩して動けなくなったことがきっかけになり、当事者本人が動き出す、という例はよく聞きます。それは、体調を崩すというのは大人の側が意識的にそう仕向けた《イベント》ではなく《アクシデント》だからです。
 
その際に必要なのは「焦らずに待つ」という心の姿勢と、小さな事でも愛情を持って見守り続ける粘り強さです。このような努力と配慮を続けていれば、ゆっくりとでも、確実に歩みは進んでいきます。それを信じて、自分の能力・体力・時間の可能な範囲で続けられる事をしていけば良いだろうと思われます。
 
とは言っても、地道に努力を続ける事は確かに苦しいものなのです。けれども、正しい努力を続けていれば、必ず、手を差し伸べてくれる人が出てくるということは、実は、経験的にも数多くの例があるのです。確かに、今もまだ、苦しく辛いかもしれません。しかし、この文章を読んでいる人には、少なくとも1つ以上は、共に考え、サポートしてくれる人や「場」が存在している筈です。10年前にはなかったけれど、今は存在する「場」も、いくつかあるでしょう。その意味では、環境も少しずつ変化してきているのです。小さな努力でも、それを積み重ねていけば、いつの間にか出来るようになっている事があります。
 
「ぼちぼちいこか」
 
この言葉を、私のこの小文を読んでいただいたすべての方に贈りたいと思います。

〔完〕 


2010年12月03日(Fri)▲ページの先頭へ
ビジョンとステップ2010 B

三、ステップ…短期的課題(当事者について) 
 
今まで「現実」を受け入れる事が「ステップ」につながっていく事を述べましたが、この「ステップ」についても「ビジョン」と同様にそれを必ずしも固定的に考える必要はない、という事を記しておきましょう。と言うよりも、「現実」は常に変化するものである以上、「ステップ」は方向性さえしっかりしている限りは「ビジョン」以上に状況に応じて変えていけば良いものなのです。
 
まずは、当事者本人の「ステップ」について考えてみましょう。
 
例えば、高校卒業の資格を取るために、定時制や通信制の受験を考え始めたと仮定します。本人の「現実」として中一から学校へ行ってない状況があるとしたら、中1の勉強を始める事が取りあえずの「ステップ」となり得ます。しかし、問題を解いてみたら、まったく分からない…という「現実」があったとしたら、例えば分数計算から良く分かっていなかったというような新しい「現実」が見えてきます。それを本人が受け入れられない場合は「わからない」「集中できない」といって逃げたり、自分をごまかしたりする事もあるかも知れません。あるいは「どうせ自分はできないのだ」とやけになって勉強そのものをやめてしまうような場合も少なくないでしょう。けれども、新しい「現実」を本人が受け入れられたら話は簡単になってきます。そう、中1の問題と「現実」の間に、《分数計算をできるようにする》というさらに細かい「ステップ」を追加すれば良いのです。
 
と、このように文章で書けば簡単に思えるかも知れません。しかし、決して必ずしも簡単にはいかない場合も少なくありません。私が高校で数学を教えていた時でも、こちらが観察していれば〔分数の計算のところでつまっている〕ことか分かっていても、本人がなかなか「分からない」が言えないために、結局、授業そのものが止まってしまう場合が何度もありました。「分からない」の一言が出れば、その時点から例えば分数の計算まで含めた説明をしていけるので授業も進むし、本人以外の分数計算の分からない生徒にとってもプラスになるのですが、それが出ないためにただ時間だけが過ぎていったのです。その背景には本人のプライドやその他様々な心理的な問題がいろいろとあるのですが、とにかく、「分からない」と言う…ただそれだけの簡単な「1歩」がどうしても踏み出せないのです。
 
自分の能力が不足している事を認めるのは辛い事です。そして、点数主義や能力・成果主義の環境に傷つけられて不登校や引きこもりになってしまったような場合は、「分からない」「出来ない」が、単なるその場での否定的評価にとどまらず、いじめや攻撃のきっかけの1つになった場合も少なからずあるように思われます。そのような経験が積み重なっていれば、簡単に「分からない」「出来ない」が言えなくなってしまうのも当然であろうと思われます。
 
しかし、考えてもらいたいのは、人間という存在を評価する場合に、点数主義や能力・成果主義は、たくさんある評価のうちの1つに過ぎないという事です。そして、社会の中には、それ以外の様々な視点で人間を見るちからを持った人が少なからず存在します。その様な人々と出会い、関係を深めていく事で、道は開けてくるのです。
 
それからもう1つ、「分からない」「出来ない」というのは、現時点での事であって、その「現実」から目をそらさずに必要な努力を続ければ、やがて、「分かった」「出来た」と言える可能性がある、という事も事実です。だから、「今、分からない」という事実は、決して「分からない人間は能力がなく、価値もない」という事とつながっていないのです。「分からない」という現実を受け入れる心の強さを持つ事が出来るようになれば、そこから「分かるようになる」ためのステップが見えてくるでしょう。そして、周囲の信頼できる人のサポート受ければ、より効率的に学習や訓練を進められるようになっていくのです。
 
けれども、引きこもりが続いているような状況がある場合は、その周囲のサポートを受ける事自体に困難を伴う場合があります。そのような場合には、そうした〔人間関係を結ぶのに不安や恐怖を感じる〕という「現実」から出発すれば良いのです。確かに、その「現実」を改善するのは簡単な事ではないかも知れません。しかし、時間をかけて地道に取り組めば、必ずしも不可能なわけではないのです。ポイントは、2つあります。知識と継続できる地道な努力なのです。
 
対人関係に対する不安や恐怖……というのは、ある意味では感覚・感情的なものなので、知識を持っている場合であっても簡単に直せる訳ではありません。けれども、知識として知っていれば、慌てたりパニックになったりする事は少なく、多少なりとも冷静に自分で対処する事が可能になります。
 
例えば、私は10年程前の冬、何事に対してもやる気が起きなくなり、また眠りたくない……というような状態になったことがありました。多少なりとも心理学的な知識があった私は、「今、少し鬱状態になっている」と判断し、流れに身を任せる事にしました。つまり、目前に迫った必要最低限の仕事以外はすべて可能な限り先送りをし、夜は身体が疲れて眠くなるまでひたすらTVゲームを続け、音楽(実はかなりの音楽好きで、クラッシックからジャズ、シャンソンやニューミュージック、TVや映画のサントラなど、持っているCDだけでも500枚は下らないのですが)はと言えば、通常はあまり長時間に渡っては聞きたくないと思っている陰鬱な森田童子の歌だけをひたすら聞き続けたのです。そして、およそ1ヶ月で鬱の状態が軽減し、徐々に意欲も回復して鬱状態から抜け出していきました。その結果、1月の終わり頃には普通の状態に回復していたのでした。
 
引きこもり状態が長引いている場合は、対人関係に対する不安や恐怖感は私の例とは比べものにならない程強いので、こんなに簡単に回復するわけではないでしょう。けれども、多少なりとも心理学的な知識があれば、その知識がない場合よりも自分をコントロールしやすくなります。例えば、「お父さんに毎日挨拶をする」というような持続可能な行動目標を「ステップ」として自分で設定し、それを繰り返していくというようなことです。最初はぎこちないでしょうし、やっていく際の違和感も半端なものではないでしょうが、それを1週間…1ヶ月…半年…と続けていく中で、徐々にお父さんと言葉を交わす時に感じる不安や違和感が小さくなって、やがては知らない間にそれが消えている事に気づくでしょう。
 
周囲の知識のない人から見れば「そんな簡単な事が…」と思われるかも知れません。しかし、当事者の不安の大きさと日常化する中での解消効果は一般的に考えられているよりも大きいのです。だから、簡単な事でも続ける事が大切だし、必要に応じて「ステップ」は修正していくらでも細かく刻めば良い、という事になります。時間をかけて努力を重ねれば、知らないうちに心の中のどんよりとした重苦しい感じや違和感は小さくなって消えていくでしょう。あせらずに、続けられる努力を積み重ねていく事で、少しずつ周囲との折り合いがつき、崩れてしまっていた周囲の人々や「世界」との関係を再構築できるのです。
 
そのように考えて、息の長い努力を続けていく事が、結局は、自分の状況を改善する早道となります。あせらず、自分の未来を信じて地道に努力を続ければ、やがて少しずつ理解してくれる人が現れてくることも少なくありません。やがてその先で、「世界」と和解できる日が訪れるであろうと考えられます。



2010年12月02日(Thu)▲ページの先頭へ
ビジョンとステップ2010 A
 
二、「居場所」と現実 
 
ビジョン…それは未来への夢を描く力、と言えるかも知れませんが、それはまた自分を精神的に支える「居場所」の存在と、自分自身の現実をきちんと見つめる能力によって支えられているものです。
 
不登校の場合は主に「学校」の中での関係に問題を抱えていると思われますが、引きこもりの場合は「周囲」を取り巻く関係で深く傷ついているために関係をほとんど閉ざしてしまっている、という状態であると考えられます。
 
その意味では、先へ進む以前に、傷ついた心を癒す「居場所」の構築が最優先の必要事項となります。ここで言う「居場所」とは、単なるスペース(空間)という意味にとどまらず、その場における人間関係をも含めます。自分自身の悪い部分や嫌な部分も含めて丸ごと受け入れてくれる人がいる「場」、「良い子」を演じ緊張し続けなくても良いその時の「ありのままの自分」でいられる「場」、疲れきった自分を無防備にさらけ出しても危険のない「場」、ゆっくり心身ともに疲れを癒す事のできる「場」……。それらが、1人の人間にとっての「居場所」です。そして、多くの人間にとってその最も大切で基本的な「居場所」と信じられているのが「家族」であろうと思われます。
 
ここで、1人ひとりが自分自身を振り返ってみると良いかも知れません。「家族」が自分にとっての「居場所」となり得ているか、そして他の家族にとってはどうか……と。皆が「家族」を大切な「居場所」だと感じているように思われる場合はそれで良いでしょう。けれども、そう感じられない誰かがいるように思う場合は、それを少しずつでも改善するために自分が出来そうな事を併せて考えてみましょう。無理なく、続けられる小さな努力……。必ずしも、引きこもりの当事者のみではなく、お父さんやおばあさんに対しても何か考える必要があるかも知れません。
 
表面に出ている誰かよりも、実は隠れている誰かの抱える問題が、状況を変えていくきっかけとなる場合があります。そして、隠れている誰かの問題への取り組みの方が簡単で取り組み易かったりもします。その結果、隠れていた問題を解決した誰かが、やがて大きな支えとなってくれたりもするのです。最初の努力は、無理なく続けられる小さなものかも知れません。けれども、そうした「小さな努力」を積み重ねて、家族全員の「居場所」を再構築することにつながっていくのです。それが、「周囲の人」に出来る第1歩ではないか、と思われます。
 
しかし、注意して欲しいのは、すべてを「家族」で背負う必要はないと言う事と、誰もが「居場所」を複数持てる方がより安心・安定して、他の事や新しい事に取り組んでいけるという事です。
 
私自身を振り返って見ても、実は、たくさんの「居場所」に恵まれている事に気づきます。家族はもちろんですが、他にも文学の関係で「青い鳥」と「石の詩」という「居場所」があります。フレネ教育研究会や三重フレネ研究会も大切な「居場所」の1つです。鳥羽子どもの本の会や、鳥羽国際交流ボランティアの仲間たちもいます。美味しいウィスキーとカラオケを楽しむ常連として通う店も安心して楽しめ、くつろげる「居場所」かも知れません。私は、それらの「居場所」に様々な形で支えられながら、教育実践や文学、不登校ひきこもり問題や外国人への日本語教育に取り組み続ける事が出来るのです。
 
そして、新しい「場」は、自らが心を開き、関係を続け、深めていく中で「居場所」となっていくことも少なくありません。1人で悩んでいないで、まず、扉を叩く事で、扉は開かれるのです。そして、そこでの出会いが新しい道を開いてくれるということにもつながっていくでしょう。
 
最初は、その場にいて話を聞くだけの関わり方でスタートしても、「お父さんも連れて参加しよう」と考えたり、他の人の話を聞いて「私のところでは、……でした」というような形で体験を語り、少しでも参考になれば……と心を砕くことが出来るようになったりしていくかも知れません。それらのすべてが、関係を深める行動であると同時に、「居場所」を作っていく事にもなっていったりするのです。
 
子どもの不登校や引きこもりで悩んでいたお母さんが、例えば、三重県・考える会に参加したとしましょう。そこで悩みを話す事で、自分の考えや行動を再確認できるし、経験者や助言者からのアドバイスを聞く事も出来るかも知れません。それによって不安が小さくなれば、同じ様に参加しているけれどもまだ心のゆとりを持てない様な誰かのために自分の体験を話してあげられるようになるかも知れないでしょう。そうなった時、そこはそのお母さんにとっての「居場所」となります。「居場所」が増えれば、精神的にも安定してくるし、精神的な安定は他の人への接し方の変化につながっていきます。そこに「居場所」としての「家庭」の変化・「家族」の変化の第1歩につながる何かが生じているのです。
 
心が安定してくれば、今まで見ようとしなかった「現実」、気づく事を恐れていた「現実」を見つめる強さが生まれてきます。アルフォンス・デーケンは、癌などの不治の病に直面した時の一般的な反応について、現実否認・怒り・悲しみ・孤独などを味わう場合が多いと述べています。が、そうした怒りや苦しみ・悲しみを乗り越えて自分の運命を受容出来た人は新しい希望を見出し、豊かな生を全うしている、という事を指摘しています(A・デーケン『死とどう向き合うか』 NHK出版 1996年)。この場合は病や死に直面したケースでの反応と展望ですが、こうした【現実否認・怒り・悲しみ・孤独・そして現実の受容】という一連の経過とその立ち直りの過程は、不登校や引きこもりに悩む当事者やその家族にも、ある種、共通するものがあるように思われます。
 
例えば、誰かが不登校や引きこもりになったと仮定しましょう。当事者である本人自身も、どうしてそうなったのか分からない場合が少なくないので、苦しみ、怒り、荒れ、同時に「誰も分かってくれない」という孤独感にさいなまれる事がけっこう多いでしょう。しかし「学校へ行けない」とか「外に出られない」という現実をまず受け入れれば、その中で、今できる事と、今はまだ出来ない事、これからの一生の中で時間がかかっても出来るようになりたい事などがだんだんと形になってはっきりしてくるでしょう。そこまでくれば、「今やれる事」を積み重ねていく中で、徐々に自分の力を伸ばし、周囲の人々や社会との関係性を再構築していけるようになっていくと考えられます。
 
家族の立場からも同じような事が言えます。子どもが不登校や引きこもりになった時、多くのお父さんやお母さんはその「現実」を受け入れられず、怒り、苦しみ、当事者を責めたり、あるいは周囲に相談出来ずにひた隠しにして孤独感にさいなまれ、「なぜ家の子だけが…」と思い、苦しんだり悲しんだりする事が多いのではないでしょうか。そして、「なぜお前は…」と本人を責めたり、「お前が甘やかすから…育て方が悪かったから…」とお母さんだけに責任を押し付けたりする場合も少なくないように思われます。その結果、お互いを信じられなくなり、「家族」が「居場所」としての機能を果たせなくなってしまいます。「現実」を受け入れるのは大変な作業ですが、それから逃げている限り苦しみは続く場合が多いのです。
 
けれども、子どもが不登校や引きこもりになってしまったという「現実」を誰かが受け入れ始めた時、「家の子だけではない」という事が分かってきます。そして、周りには敵ばかりではなく、理解し、手を差し伸べてくれる人や「場」がある事も見えてくるでしょう。そうなれば、「家族」や「学校」が本人の「居場所」となり得ているかどうかを確認出来るし、その中で、「今やれる事」もだんだんと見えてくるようになると思われます。
 
いずれにしても、「居場所」を確保し、「現実」を受け入れていく事で、ゆっくりとではあるが確実に歩みは進み始めるのです。そして、本人なりの、あるいは本人を支える家族の人それぞれ独自の、これからの「ビジョン」と、「今やれる事」や「もう少ししたら出来るようになるかも知れない事」が見えてくるようになります。これらが「ステップ」すなわち(短期的な課題・目標)なのです。次に、これについて詳しく検討してみようと思います。



2010年12月01日(Wed)▲ページの先頭へ
ビジョンとステップ2010 @
 
はじめに
  
以前から伊勢志摩地区での相談や亀山の会、三重県・考える会での発言の中で、ビジョン(将来的な目標)とステップ(それに向かって持続的に努力可能な短期的課題)について何度も触れてきましたし、6年ほど前にも一度まとめましたが、その重要性は現在も変わらないと感じています。不登校問題ばかりでなくNEETひきこもりの就業と関わっても、このビジョンとステップの考え方はとても大切です。というのは、当事者である本人にとっての具体的な課題としてのステップという視点ばかりでなく、家族をはじめ周囲で支える人々の具体的な課題としてもステップを考えていく事は、様々な意味で重要な事を多く含んでいます。そんな中で、現時点での私の考えを今一度整理して、以前の文章に加筆したのがこの文章です。ということで、ビジョンとステップについて丁寧に考えてみようと思います。
 

一、ビジョン…将来的な目標
 
 
2010年に入り、民主党政権になって1年が過ぎましたが菅政権になってからの逆行ぶりは目を覆いたくなるような惨状です。沖縄の米軍基地移設問題では当事者である県民・市民の選挙や集会で示され続けている結果よりもアメリカ軍を大切にするような言動ばかりで沖縄の民意や日本国民の利益よりも政権維持に執着しているとしか見えません。また、尖閣列島や北方領土に関わる外交でも醜態が何度も繰り返され、無能な政権によるビジョンのない政治が続いています。けれども、家族や周囲に不登校やひきこもりの問題をかかえている私たちは、小泉純一郎の以降の権力維持のために国民の利益を侵害し続ける悪質な政治業者たちのように言動をもてあそぶような時間的・精神的余裕はありません。当事者のために、今、必要なものは、将来に向けての納得でき、努力する気力を失わせないような希望です。それが、本人と家族や周囲の人々の中で明確になれば、努力する方向が見えてくるからです。そうした意味でのビジョンについて…本人のビジョンとそれを支えようとする家族のビジョンについて今一度考えてみたいと思います。
 
まず、当事者本人について考えてみましょう。不登校・ひきこもりの問題で苦しむ当事者の中で少なからず見受けられるのが「どうせ私なんか…」という否定的な思いです。それは、1つには自分に対する自信のなさと将来に向けての展望が見えてこない事による焦りや苛立ちに由来するケースが多いと考えられるからです。したがって、ある意味では自信や希望という問題がはっきりしてくれば、精神的にも落ち着きを取り戻し、目標に向かって努力するための第1歩を踏み出す事が可能となると言えるでしょう。そして、可能な範囲での努力を確実に積み上げていく事がさらなる自信につながり、自己肯定にもつながっていくと思われます。
 
でも、自信や自己肯定の問題は、実は不登校や引きこもりとはまったく無関係に見える「普通の人」にとっても、けっこう重要な成長・成熟面での課題になっている場合が少なからずあります。授業中に携帯電話でメールをしたり、大人に怒られるような事を繰り返したりする「元気な高校生」たちの中にも、自分の夢や希望が見えない苛立ちから反抗や非社会的行動を繰り返す者がけっこう多いからです。
 
高校生たちばかりではありません。その意味では、どこかの国の政治のトップを勤めている菅直人総理などもそうした例に当てはまるかも知れないのです。国の将来に対するビジョンも何もないがゆえにまともな説明も出来ず、「丸投げ」や「感情的な言い逃れ」を繰り返す言動はその表れである可能性があります。国の将来ではなく「権力維持」のための「自分の決定」に固執し、状況が変化してもそれを認め改めるという事ができず(改めれば権力の座から滑り落ちるという恐怖感があるからかも知れないのですが…)、自分を守るという目的だけのために、矛盾が露呈している方向へしゃにむに周囲を強制して進んでいこうとするように見えるからです。この様な行動を見ても、「現実認識能力」を持たない彼の「現実」やその頼りない力量が浮かび上がってくるように思われます。
 
こうした例からも分かるように、ビジョンを持つ事はかなり大変です。それは、人間関係に問題を抱えている不登校や引きこもりに悩む当事者にとっては「普通の人」以上に重い…と感じられる「大変さ」かも知れません。その「大変さ」を意識しつつも、私はやはり「ビジョンを持つ事が大切である」と伝えたいのです。その上で、付け加えたいのは、何も「完全無欠」の変更のきかない「ビジョン」である必要はない、という事です。
 
ビジョンや希望を探すキー・ワードは「自分の好きな事」あるいは「自分が穏やかな心で取り組める事」であろうと考えられます。例えば、花に囲まれていると落ち着く…というような人は、それを生かして何かをする事を考えればよいでしょう。そうした生活を続ける中で、華道から日本文化の研究へ進んでいくかも知れないし、園芸から農業への道を選択するような場合もあるかも知れません。とりあえずの方向性を決めて、それにそった活動や勉強を続けていく中で自分の中に見えてくるものがあるのです。地道に続けられる活動や勉強が、自分の心を安定させ、力を育てていき、自信と自分を取り巻く世界に対する信頼感を回復させます。その中で新たな道が見えてきた場合は、ビジョンを修正していけば良いのです。
 
そうした発想は、ある意味では周囲の人々、特に家族においても同様です。とは言っても、正直な話、家族の立場からすれば、それなりに自立して、地域の中で社会生活を営んでいけるような力を身につけ、将来的に自立していければ良いと考えれば、取りあえずは十分ではないかと思われます。
 
何も、本人が接触する、あるいは出会うすべての人と上手に関係を結ぶ必要はありません。それに、世間一般と比較して飛びぬけた収入や地位を望むような「押し付け」は、真摯に不登校やひきこもり、NEETの問題と向き合い、その現実から多くを学んだ人たちとは無縁の考えだと想像できるからです。
 
しかし、大切な家族や関わりを持つ相手の事を真剣に思っていれば、「それなりの自立」という実体は必要だと考えるでしょう。自分たちの暮らす地域社会で、多少不器用ではあっても、それなりに生活を維持していければ、それは「自立している」と見てもかまわない、とたいていの人は考えるからです。だから、非常に大まかな表現になるが、当事者の「それなりの自立」という事は、家族や周囲の人々にとって、当面のビジョンとなり得るのです。
 
何も、東京へ行っても札幌へ行っても、パリやバンコクへ行っても、すぐに自立できるような能力が普通の人間に必要なわけではありません。必要なのは、自分が暮らす地域で、周囲の人や自分にとって大切な人との関係をきちんと結びながら、家族トータルとして経済的にもやっていけるという確信が持てることが「それなりの自立」の中身だと考えて良いでしょう。
 
そのように肩の力を抜いて考えると、精神的にも日常的にもゆとりが生まれてきます。時間の経過の中で「ビジョン」は微妙に変化していっても良いでしょうし、当事者の「現実」が変化していけば、当然「ビジョン」そのものも変化してきます。それを前提に、周囲のサポートもその変化に合わせて変えていけばよいという事になります。
 
ゴールという意味ではなく、当面、高卒の資格を取ることを目標として設定すると仮定しましょう。当事者の現実を見つめていけば、通信制・定時制・高卒認定試験など様々なルートの中で、当事者の個性やその時点の力量から考えて何とかなりそうなルートが見えてくるかも知れません。
 
それに伴って、学力面、体力面、対人関係面など、様々な課題もまた見えてくるでしょう。どこから手をつけ、どこを後回しにし、それぞれについて誰から、どのようなサポートが受けられるのか。それらの点は状況によって異なるでしょうし、また変化もするでしょう。そして、場合によっては「高卒の資格」を必要としないルートに進む事になるかも知れません。けれども、きちんと取り組み、一歩ずつ歩みを進めていった結果の変更であれば、それはそれでかまわないのです。大切なのは自分で考え、決断・決定した上で、納得して進んでいく事なのですから。
 
就業についても同じです。長期間ひきこもってしまっているような場合には、他者と挨拶をするだけでも不安や恐怖を感じる場合が少なくありません。そのような場合に8時間毎日働くような就業はよほどの好条件と幸運が重ならない限り、まず不可能です。とすれば、少しでも他者との関係を結ぶような訓練がまず必要でしょうし、その上でパートやアルバイトを経験しながら少しずつ就業する時間を増やしていって、その先に毎日8時間の就労という目標を設定しなければ、一足飛びには無理だろうと考えられます。
 
だから、それぞれの状況や個性に合った方向性、それが必要な「ビジョン」が大切なのであり、それはまた、状況の変化に合わせて修正していけるものともなるのです。短期的な「結果」に拘ったりせずに、じっくり、そしてゆっくりと歩みを進めていくという覚悟と決意が、結局は状況を好転させていく事につながっていくでしょう。まずは、そのような気持ちで日々の努力を続ければ良いのです。
 


2010年11月24日(Wed)▲ページの先頭へ
私立高校の取り組みを知るつどい(三重県・考える会12月例会)
三重県登校拒否・不登校・ひきこもりを考える会 
(三重県・考える会)
 
12月例会
 
私立高校の取り組みを知るつどい
 
12月12日(日) 13:30〜16:30

アスト津 3F ミーティングルームAB


【参加予定高校】
北海道/北星余市高校 愛知/黄柳野高校 三重/愛農学園高校
 
・希望者には個別相談も行います


2010年11月23日(Tue)▲ページの先頭へ
三重フレネ研究会 12月例会案内
三重フレネ研究会 
 
〈12月研究会の提案 〉
 
12月4日(土)  午後3 : 30 〜 6 : 00 
 
三重大学教育学部2F グループプロセス室
 

(教育学部道路側階段を上がった右角)
 
・会場は教育学部2Fのいつもの部屋になっています。正門横の駐車場から向かって左の建物の階段横にある教室です。校舎の入口がしまっていますので、佐藤もしくは浜口まで電話して下さい。

《テーマ》 リーダーになりきれないリーダー
 
・三重県外の高校で教えているN先生。学校で関わっている生徒たちの様子やその対応に際しての悩みなどをレポートしてくれます。



2010年11月01日(Mon)▲ページの先頭へ
伊勢志摩不登校ひきこもりを考える会 例会案内(11月)
ぼちぼちいこか
 
(伊勢志摩不登校ひきこもりを考える会)

 
ぼちぼちいこか 志摩例会

日時 11月21日(日) 午後7時〜9時
 
会場 志摩市阿児町鵜方1975
 
志摩市鵜方公民館 1F図書室(または小会議室)

 
(近鉄鵜方駅北口下車・徒歩数分)
 
 電話…0599-43-2211
 
浜口 / 電話…0599-85-2752
E-mail…ZAN20571@nifty.com 
 
子どもみらい会議 伊勢例会
 
日時 11月20日(土) 午後7時〜9時 
 
会場 いせ市民活動センター南館2F

(伊勢税務署横・外宮前交差点のそば)

 
【ちょっとオススメbook】
 A・スマナサーラ 著  『怒らないこと 2』
        岩波新書 2010年  ¥700+税
・人はみな、怒りを持って生きていて、それが欲の形になったり嫉妬の形になったりしています。それに気づき、怒りや欲についてよく知ることで、その暴走に巻き込まれないように気をつけることで、落ち着いて穏やかに生きていける道が見えてきます。不登校やひきこもり、NEETの問題に対する具体的な対処法ではありませんが、人間として成長・成熟していくために読んでおきたい本です。


2010年10月31日(Sun)▲ページの先頭へ
定時制・通信制の県立高校を知るつどい(三重県・考える会 11月例会)
三重県登校拒否・不登校・ひきこもりを考える会
 
11月例会
 
定時制・通信制の県立高校を知る集い
 
日時 : 11月7日(日) 13:30〜16:30
 
会場 : アスト津 3F ミーティングルームAB

 
【参加予定校】
北星高校・みえ夢学園・伊勢まなび高校・
松阪高校通信制・四日市工業定時制・
神戸高校定時制・亀山高校定時制
 
・三重県内の定時制・通信制高校の先生方に直接話を聞くことができます。
・例会後、スタッフによる不登校・ひきこもりの個別相談も受け付けます。
 
12/12(日)には同じ会場で、私立の定時制・通信制・全寮制高校説明会を予定しています。
 


2010年10月29日(Fri)▲ページの先頭へ
10/30三重フレネ研究会の中止
明日10月30日に予定していました三重フレネ研究会10月例会は、台風接近のため、中止となります。


2010年10月24日(Sun)▲ページの先頭へ
子どもの成長と大人の成熟 B
ここで、支援・サポートをしていくに当たってのポイントについて考えてみましょう。本人の決断や活動のサポートということですので、状況をきちんと把握し、環境を整え、本人が必要と感じている助言や援助をしていくことになる訳ですが、決断や行動の主体はあくまでも本人である、ということを忘れないことが大切になります。
 
大人としての経験から、「なるべくなら苦労は少なくて済む方が良い」と思うのは、家族として、あるいは親しく関わるものとして当然の感情です。けれども、迷い、苦労して決断し、行動してきた結果して今の大人自身の成長があることを考えれば、「苦労」を大人が取り去ることで子どもや下の世代の成長の機会が奪われてしまうのです。
 
そう考えれば、「待つ」ことはとても大切になります。能率からすれば、経験を積んだ大人がやったり、決めたりした方が、世間という視点から見れば良い結果を生むことは多いでしょう。けれども、それが当事者本人の人生にとって良いとは限らないのです。
 
昔、少年サンデーに連載されていた『拳児』というマンガの主人公の拳児は、活発な少年で学校の成績も良く、母親は一流中学、一流高校、一流大学と進んで大企業に就職する、といった我が子の未来図を描いていましたが、本人は祖父の手ほどきで小さい頃に始めた八極拳という中国拳法が大好きで、その修行を続けていました。途中で暴走族の乱闘に巻き込まれたり、別の中国拳法を学んだ少年の嫉妬によって事件に巻き込まれたりした結果、母親の思い描いていた未来図から逸脱し、その時、その時に必要な師にめぐり合いながら拳法の修行を続けていきます。父親や高校の担任の先生は、そんな彼を理解して見守り続け、結局、拳児は中国に渡り、さらに深いレベルの修行を積んでいきます。そしてそれは、拳児自身が望んだことでもあったのです。
 
ただ、最近は自分で決めるのが苦手、という子どもや若い人が増えてきています。その際の助言として「△△したら?」というような言い方であっても、1つの道や方法しか示さないと、聞いている側には「それを押付けている」ととられる場合があります。だから、複数の道や方法を示し、その中からでも良いしそれを参考にしながら別の道を考えても良い、というような形で示してあげれば、ある程度決めやすくなります。また、重大なことを決めるのにプレッシャーを強く感じるようであれば、あまりプレッシャーを感じないことから選択という「決断」を積み重ねるように仕向け、「自分で決める」ということに慣れてから少しずつ重大な決断ができるように仕向けていくと良いでしょう。
 
たとえ家族であっても、親と子は別の存在です。自分の人生は自分で決断し、自分で引き受けていくしかないのです。子どもの人生に対して親ができることは、結局、見守ることと、支援・サポートすることだけで、子どもの人生の苦しみや悲しみを代わってあげることは出来ません。代わってやるのではなく、最善の支援が出来るようになることが親自身の成熟へのステップになっていきます。そしてそれは、大人自身が自分の人生を生きることにもつながっているのです。

                                    【完】


2010年10月23日(Sat)▲ページの先頭へ
子どもの成長と大人の成熟 A
 
では、「大人の問題」として同じ現象をどうとらえれば良いのでしょうか。子どもが不登校になってしまった時、「子どもは学校に行くものだ」といったような調子で怒ったり叱ったり、あるいは無理やり学校に引きずっていったりする対応が見られることがありますが、その際の心の中を覗いてみると「子どもが不登校になってしまった」という【現実】を、大人の側がきちんと受け入れられずにいる場合があります。自分の子どもの不登校によって自分の面子が傷つき、恥をかいた…などという怒りの感情が無意識の中で生じているのにそれに気づかないでいたり、子どもの予想外の行動によって大人自身も混乱してしまいどうしていいか分からなくなっていたりして、「世間」から見て「正しい」と思われることを何の展望もないまましてしまう…といった場合にこのような対応をしてしまうことが多いようなのです。
 
もし、そうだとすれば、その対応は、「自分の感情を見つめ、コントロールできていない」あるいは「自分自身で考え、判断し、決断することができていない」という大人としての未熟さが背景にあるのではないか、と考えられます。そのように考えれば、「不登校への対応」は「不登校になった子どもの問題」である面と、「不登校の子を支援・サポートする大人自身の問題」である面の両方があるのです。
 
実は、自分の子どもを含めた後の世代を育て、社会を存続させていくための役割を担っていく、ということも大人が成熟していくための大切な課題の1つどなります。けれども、後の世代が大人である自分の経験からすれば当然と思い込んでいたレールに素直に乗らずに足踏みしている、あるいは自分がイメージすらできなかった理解不能の道を進もうとしている、となったらどうでしょうか。少なくない数の大人がそのことに慌てたり、大人自身も混乱してしまってそうした【現実】を受け入れられずにいたりする場合は思いの他多いのです。
 
だから、子どもの不登校であったり、若者のNEETであったり、若い母親の子育ての問題であったりするのは、実はその周りの大人にとって、そのような問題を抱える当事者を大人としての自分がどう支え、サポートしていけるか、という人間としての成熟の課題をつきつけられていることにもなるのです。

ただ、経験を積んだ大人ではあっても、代わってやってあげればそれで済む、という訳ではありません。子どもが不登校だからお母さんが子どもの代わりに学校へ行って授業を受けることなど出来ないし、またそれをやったとしても子どもの成長や社会化にとって何の意味も持たないことはすぐにお分かりいただけると思います。同じように、子どもの就職活動や仕事を大人である親や先生が代わってやることはできませんが、みんな不安や悩みを越えいくものだ、という経験を話したり、自分自身の経験から身に付けたちょっとしたコツを教えてやったりすることはできるでしょう。若い母親に知識や経験が乏しくて混乱するから、仕事が忙しいから、といった理由で子どもの世話をすべておばあさんがしてしまったら、お母さんと子どもが関係を築いていく機会をおばあさんがうばっていることにもつながります。上の世代が代わってやってあげてその場をしのいでも、後でそのツケが回ってくる、ということは当然、起こり得るのです。
 
したがって、子どもたちをも含めた下の世代が生き方に迷ったり、行き詰まったりしている時、それをどう支え、サポートして下の世代の成長や社会化につなげていけるか、ということが大人の成熟のための重要な課題ということになります。緊急の場合は、100%肩代わりをしてやってやることはあるかも知れません。けれども、いつも代わってやってやる、ということになると、下の世代が経験を積む機会を奪ってしまうことにつながります。だから、危なっかしくても、技術的・能力的に未熟でも、スピードが遅かったり無駄が多かったりしても、あえてそれに目をつぶり、任せて見守ってやることが大切になります。下の世代よりも経験を積んでいる大人として、どのようなサポートができるか。それは、ある意味では、自分が成長するよりも難しい成熟のための課題なのです。


2010年10月22日(Fri)▲ページの先頭へ
子どもの成長と大人の成熟 @
 
不登校・ひきこもりの問題に限らず、子どもに大人から見て「問題行動」が生じた時、実は、それが単に「子どもの問題」というばかりでなく「大人の問題」でもある場合があります。子どもにとっての成長のための混乱が、その子どもを支える立場の大人にとっては成熟のための課題と深く関わっていることが、少なからず見られるのです。
 
カウンセリングや教育相談の場において、「現実から出発する」という話をしていくことが少なからずあります。例えば、不登校になってしまった子どもにとって、「学校に行けない」という【現実】がまず目に入ります。けれども、それをさらに詳しく見てみると、その背景に「朝起きられない」という【現実】があったり、起きられないのは「不安があって深夜もなかなか眠りにつけない」ということがあったりします。そんな場合に、家族や先生たちが背景にある細かい【現実】を無視して「明日は学校に行く」と子どもに《約束》させても、ほとんどの子どもはその《約束》は守れないでしょう。
 
しんどいようでも、やはり背景にある細かい【現実】の1つひとつにきちんと目を向け、その中で変えていけるものから少しずつでも変えていく努力が、結局は状況を改善していくための近道となります。「なまけだ」「本人の意識の問題だ」と言うのは簡単ですが、それで原因を究明した気になって思考停止してしまっては、状況の改善はなかなか進まないでしょう。それよりも、「朝起きられない理由」や子どもの心にある《不安》など、背景に存在している細かい【現実】を丁寧に見ていくこと、それを当事者と支援者が見極め、それぞれがそれぞれの立場で出来ることを積み重ねることが、やがては、状況の改善や背景にあったより本質的な問題の解決につながっていきます。
 
だから、例えば「不登校」という言葉でくくられる現象があったとしても、当事者である子ども本人の問題と、支援者となる大人の問題は、基本的には異なってくるものなのです。となれば、当然、やるべきこともそれぞれ違ってきます。当事者である子どもや若者は自分自身の現実や課題をどのようにとらえ、改善に向けてどのように努力を重ねていくのか、ということがポイントとなる訳ですが、当事者の周辺にいる大人は、支援者としてそれをどのようにとらえ、本人の努力をどのように支援していける体制を作っていけるかがポイントとなるのです。
 


2010年10月18日(Mon)▲ページの先頭へ
三重フレネ研究会 10月例会案内
三重フレネ研究会
 
〈10月研究会の提案 〉
 
10月30日(土)  午後3 : 30 〜 6 : 00 
 
三重大学教育学部2F グループプロセス室


(教育学部道路側階段を上がった右角)

・会場は教育学部2Fのいつもの部屋になっています。正門横の駐車場から向かって左の建物の階段横にある教室です。校舎の入口がしまっていますので、佐藤もしくは浜口まで電話して下さい。

《テーマ》
 
リーダーになりきれないリーダー


・三重県外の高校で教えているN先生。学校で関わっている生徒たちの様子やその対応に際しての悩みなどをレポートしてくれます。


2010年10月03日(Sun)▲ページの先頭へ
伊勢志摩不登校ひきこもりを考える会例会案内 (10月)
ぼちぼちいこか 
 
(伊勢志摩不登校ひきこもりを考える会)

ぼちぼちいこか 志摩例会

日時 10月17日(日) 午後7時〜9時
 
会場 志摩市阿児町鵜方1975
 
志摩市鵜方公民館 2F小会議室(または図書室)

 
(近鉄鵜方駅北口下車・徒歩数分)
  電話…0599-43-2211
浜口 / 電話…0599-85-2752
E-mail…ZAN20571@nifty.com
  
子どもみらい会議 伊勢例会
 
日時 10月16日(土) 午後7時〜9時 
 
会場 いせ市民活動センター南館2F 

(伊勢税務署横・外宮前交差点のそば)

【ちょっとオススメbook】
 白波瀬佐和子 著  『生き方の不平等〜お互いさまの社会に向けて〜』
岩波新書 2010年  ¥800+税
・教育や若者の就労、女性の雇用など日本の社会の様々な現場での不平等や不条理をデータも交えながら丁寧に分析し、現実の矛盾をあぶり出したあと、改善に向けての提言を書いてくれています。不登校やひきこもり、NEETの問題についても厳しい現実と向き合うことが改善に向けての第1歩につながります。


2010年09月20日(Mon)▲ページの先頭へ
北岡樹(みき)チャリティーコンサート
北岡 樹 チャリティーコンサート
 
日時 2010年10月10日
 
 開場 PM5:00 開演 PM6:30


会場 : 伊勢シティプラザ
   (いせ市民活動センター北館)
 
入場料
   前売 : \2,200  当日 : \3,000
( 1ドリンク付き)
前売り券販売
・いせ市民活動センター TEL : 0596-20-4385
・こども未来会議  TEL/Fax : 0596-26-8185
・伊勢ミッキーズ倶楽部 TEL : 0596-25-5225 Fax/24-1123

出演 : 北岡 樹

ゲスト : フローレス デュオ
ピアノ : アルベルト田中 


2010年09月15日(Wed)▲ページの先頭へ
三重フレネ研究会 9月例会案内
三重フレネ研究会
 
〈9月研究会の提案 〉

 9月23日(木)  午後2 : 00 〜 4 : 30 

 三重大学教育学部2F グループプロセス室


(教育学部道路側階段を上がった右角)

・会場は教育学部2Fのいつもの部屋になっています。正門横の駐車場から向かって左の建物の階段横にある教室です。校舎の入口がしまっていますので、佐藤もしくは浜口まで電話して下さい。

《テーマ》
    さあ2学期 !!


・夏休み中にJICAに合格してスッキリのN先生。N小学校で担任をしている20代の若い先生です。2学期の学級や子どもたちの様子をレポートしてくれます。


2010年09月01日(Wed)▲ページの先頭へ
伊勢志摩不登校ひきこもりを考える会 例会案内(9月)
ぼちぼちいこか
 
(伊勢志摩不登校ひきこもりを考える会)

 
ぼちぼちいこか 志摩例会

日時 9月19日(日) 午後7時〜9時
 
会場 志摩市阿児町鵜方1975
 
志摩市鵜方公民館 2F小会議室(または図書室)


 (近鉄鵜方駅北口下車・徒歩数分)
  電話…0599-43-2211

浜口 / 電話…0599-85-2752
E-mail…ZAN20571@nifty.com
  
 
子どもみらい会議 伊勢例会
 
日時 9月18日(土) 午後7時〜9時 
 
会場 いせ市民活動センター南館2F

(伊勢税務署横・外宮前交差点のそば)
 


【ちょっとオススメbook】
 
長谷川一彌 著 
 『なぜ若者は優先順位がつけられないのか?』
        学研新書 2009年  ¥760+税
・教育相談の現場で出会う若い人達の中には「自分で決められない」人が少なからずいます。それは実は、物事を自分で判断して優先順位がつけられない…ということです。そういう若い人達を分析してタイプ別に分類し、どのようにしていけば改善していけるか、ということについてのアドバイスを分かりやすい文章で書いてくれています。


2010年08月13日(Fri)▲ページの先頭へ
三重県登校拒否・不登校・ひきこもりを考える会 例会案内(9月)
三重県登校拒否・不登校・ひきこもりを考える会

三重県登校拒否・不登校・ひきこもりを考える会

(三重県・考える会)9月例会


9月11日(土)
 
トーク&エンカウンター討議:野呂小夜子さんとともに

 
子どもの心と母の願い

  〜母親と支援者の立場から〜


野呂小夜子 先生
日本心理カウンセリング認定カウンセラー/伊勢の会相談員
・もと高校教師、現在松阪で塾を経営。肝っ玉母さん的なユニークな存在として生徒たちから信頼され、コミュニケーションいっぱいの元気な塾を展開しています。不登校の母親としての体験や、塾での相談活動の経験をもとにしたお話を聞かせてくれるようです。
《野呂さんのヒトコト》
「なぜ?」と問いかけ続けよう。必要なのは地道な努力と「何故?」。そこから、考える力・可能性が生まれる。

日時:2010年9月11日(土曜日) 13:30〜16:30

会場:アスト津 3FミーティングルームA

 
・はじめのあいさつと司会
…三重県・考える会 世話人代表 木村茂司
・トーク者の紹介/聞き手
…三重県・考える会 世話人 浜口 拓(伊勢志摩の会事務局)
・個別の相談(15:30〜16:30)
…木村茂司・保井秀孝・浜口 拓(考える会世話人)


2010年08月03日(Tue)▲ページの先頭へ
学習へのアプローチ 〜覚えることと練習〜C
理解することと練習 
 
それから、練習から入って理解していくタイプや、理解しないと練習する意欲がわかないタイプなど、子どもたちにはいろいろなタイプがあります。そして、理解して納得しないとエンジンがかからないタイプの場合は、最初は時間がかかっても理解するまできちんとつきあってあげる方が、結果としては早く出来るようになります。
 
また、練習をていねいにすることが理解につながっていきます。例えば、方程式や式の計算などの計算問題などは、途中の式をていねいに書くことで間違いが少なくなり、理解がはやくなります。すぐに「わからない」とか「できない」と言ってくる子のほとんどは、そうした途中の式を書かずに、いきなり答えをだそうとする場合がほとんどです。暗算は確かに大事ですが、例えば連立方程式などは、中学や高校で10年以上数学を教えたことのある私でも計算ミスをすることがあります。正確に計算しようとすれば、暗算でやるよりも途中の式をていねいに書いてやった方が、結局は速く、しかも正確であることも少なくないのです。
 
計算の途中の式などをていねいに書くように言うと「ややこしい」あるいは「うざい」などと言ってくる子がいます。それでも、ていねいに書いて理解が進み、出来るようになってくると、そんな言葉はほとんど出なくなります。それに、ていねいに書いていると、ミスをした時にどこで間違ったかが見直しで発見しやすくなり、それがまた理解や覚えることにつながっていきます。そして、八割がたミスをしなくなった段階で、「少し省略しても良いよ」という風に言ってやるようにすると、ミスが多い時はきちんと理解していない、あるいは定着していないということだから、途中をていねいに書くことが大切だ、ということが身についていきます。
 
学習指導の際に、よく言う言葉があります。「勉強ってのは、けっこう、うっとうしいものなんや」ということと「ものごとは、ある程度は苦労せんと身につかへんよ」ということです。だから、子どもたちが英語の意味を聞いてきても、「まず、辞書で調べなさい。そこまでは君たちの仕事。でも、そこからは教えてあげるよ」と言って、まず英和辞典をひかせます。実際、様々な意味がある単語の場合だとか、熟語になっている場合などは、記述(意味)が多すぎて、ちょっと見ただけでは判断できないこともありますから、自分で調べた上で説明してもらう方が、辞書の使い方が身に付くということも含めて、理解しやすくなるのです。加えて、「辞書を調べるのはうっとうしいから、単語を覚えるしかない」ということになれば、英単語を覚えることにそれまで以上に努力をするし、そうやって英単語をたくさん覚えていくと英語に対する理解も深まっていきます。ある程度単語を覚え理解が深まった時点で、act(動詞/行動する)、actor(名詞/俳優)、action(名詞/行動・活動)、active(形容詞/活動的な)、actively(副詞/活動的に)といった関連を教えてあげると、理解も深まり、単語も覚えやすくなり、学習も進んでいきます。
 
このように、覚えることと理解することと練習することはそれぞれが深く関わっています。だから、学習する者のタイプを見極めながら、それぞれをバランスよく進めていくことが大切になります。そして、最終的には、学習者が自分で判断して学習を進めていけるようになっていくと良いと思います。
 
                  【完】


2010年08月02日(Mon)▲ページの先頭へ
学習へのアプローチ 〜覚えることと練習〜 B
覚えること
 
 
さて、子どもたちを教えていると、3日前に教えたことが完全に頭から抜けている、とか、一週間前にも二週間前にも教えたのにまだ覚えていない、というような場面に出くわすことがあります。気が短いと「前に教えたやろ!!」と怒鳴り、子どもを萎縮させてしまう…という対応(もちろん私にも経験があります)をしてしまったりしますが、子どもの様子を観察してみると、すべてを同じように覚えて同じように忘れているのではないか、と感じることがあります。
 
例えば、中学校3年生の数学で、乗法の公式・因数分解の学習において、(x+a)(x+b)の公式を覚えて使いこなせるようになっていれば、《2乗の公式》や《和と差の公式》といった公式を完全に覚えてなくてもちょっとした応用の仕方を知っていれば、基本的な問題は解くことができます。もちろん、すべてを覚えていた方が計算は速いし応用もしやすいというのは事実なのですが。
 
とすれば、最低でも(x+a)(x+b)の公式を覚えることを最優先すれば、《2乗の公式》や《和と差の公式》を覚えてなくても解ける場合がある、ということで、どちらの暗記をより完璧にすれば良いかの判断はできる筈です。私は時々、「覚えなければできないこと、覚えた方が便利なこと、覚えなくても応用でなんとかなること…といった違いがある。【覚えなければできないこと】は、とにかく、何が何でも、絶対に覚えること!!」と子どもたちに言います。すると、同じように覚えて同じように忘れる…ということは少なくなっていきます。
 
それから、自分の好きなことや良く知っていることは良く覚えているものです。それらに関連付けて覚えることが出来れば、頭に入っていきやすくなります。語呂合わせや無理やりなこじつけであっても、頭に入れば、それを使うことでさらに記憶は定着していきます。また、ある程度覚えられれば、関連することは覚えやすくもなります。好きなことや得意なことを利用することで覚えやすくなるのです。
 
それから、学習心理学的に言えば、よく使うことはしっかりと記憶していって忘れにくくなります。これは逆に、使わないことは忘れやすくなる、ということでもある訳です。私は以前、タイ人女性と結婚していましたが、その当時は、タイ語/タイ文字で短い手紙を書くことが出来ました。けれども、彼女と離婚してから日常的にタイ文字を使う機会はほとんどなくなり、ほとんどのタイ文字を忘れてしまいました。今では、日常のタイ語のあいさつもあやふやになってしまっています。
 
そんな訳で、私自身も身に染みていることなので、英語の指導や数学の指導といった教科に関係なく、「よく使うほどしっかり覚えるから、そう心がけると良いよ」という話をします。それを理解した子どもたちは、「英語の自由作文に今週勉強した新しい表現を使ってみる」とか「ようやく、連立方程式の解き方を理解したので、次の回までにやってくる宿題を出して欲しい」といった要求が出てきたりします。計算などでは、10回ほどの練習で頭に入る子もいれば、30回ぐらいの練習が必要な子もいます。そして、そのことも機会を見つけては伝えていますので、宿題のほとんどない塾で、子どもたちが自分の状況にあわせて宿題を要求する、という場合も出てくる訳です。そして、必要性が分かっていて自分から求めた【宿題】ですから、当然、意欲は高いし、取り組む際の集中力も通常とは違います。その結果、よりいっそうよく覚えるようになる訳です。
 


2010年08月01日(Sun)▲ページの先頭へ
学習へのアプローチ 〜覚えることと練習〜A
   学習へのアプローチ 〜覚えることと練習〜
 
 
 
練習は大切…でも

 
私は20年以上、自分の塾をはじめとする様々な場で多様な子どもたちと関わってきていますが、その中には、最初は別の塾に行っていたにも関わらず私の塾に来るようになった子どもが何人もいます。極端な場合、一度やめてよその塾へ行っていたのに、やっぱりこちらの方が良かった…と戻ってきた例もあります。ここ数年の例でも、5人前後の生徒が塾を移ってきていました。学習の伸び悩みがその原因だったようなのですが、こちらの塾に変わって数週間から数ヶ月の間にそれぞれ硬さがとれて、のびのびと、けれどもけっこう集中して勉強できるようになった例が多いです。

そういった子どもたちの話などから推察すると、最近の塾はたくさん宿題を出しているところが少なくないようです。けれども、学習心理学的に言えば宿題をたくさん出すことが必ずしも覚えることや練習につながる訳ではありません。それどころか、反って学習意欲を殺ぎ、能率や意欲の低下につながることも少なくないのです。実際、塾を移ってきた子どもたちの中には、塾の宿題に追われ、明らかに学習意欲が低下していた子どもも何人かいました。
 
私が指導している塾では、特別な場合を除いて、伝統的にこちらから積極的に宿題を出すことはありません。(英語の自由作文の完成が他のメンバーよりかなり遅れている時や、連続して同じものを忘れてきた時の《罰》としての宿題は出すことがありますが…)学校の宿題を塾でさせてあげることはあっても、学校の休憩時間にまでやらなければ追いつけないほどの大量の塾の宿題を出すなど、考えられないような「のほほん」とした塾です。それでも数ヶ月が過ぎる頃には「先生に、『今まで勉強してなかったやろ』と言われた」とか「学年の真ん中ぐらいやったのが、通い出してからベスト10に入った」という話を聞くことがあります。

4月からの新しい塾の生徒たちも、6月くらいになると、次第に「どう勉強したらいいのか」ということが分かってくることが多く、テスト前になると「塾の回数を増やして欲しい」とか「プリントを出して欲しい」というような声が増えてきています。そして、回数を増やしても自分で持ち込んだテスト勉強のための教科書やワークを取り出して、質問がある時以外は勝手に進めていることも少なくありません。

それから、生徒たちはまったく質問することがないかも知れなくても、家よりも塾で勉強をやりたがったりする傾向があります。その理由は、テレビやゲームなど気を散らすものが塾にはないことから勉強に集中しやすい、ということと、理科でも英語でも国語の文法でも、数学の応用問題でも、分からなければ聞けるという安心感があるからなのだろう、ということが考えられます。
 
私は、関わっている子どもたちに対して、質問や説明、個別指導といった様々な機会に、覚えることの大切さと練習の大切さを伝えています。結果として、こちらは宿題を出さなくても、生徒の方から「先生、宿題を出して」と言ってくることがあります。わからなかったことがわかるようになり、練習が必要だと自分で判断した生徒が、わかったことを家で練習するための「宿題」を自分からもとめるのです。当然、外から押し付けられた「宿題」よりも「やろう」とする意欲ははるかに高いし、その結果、定着も良くなります。そして、わかって出来るようになった、という実感が、さらに勉強への意欲を高めていきます。そうした経験を重ねることで、少しずつ「自分」で勉強の仕方がわかり、勉強ができるようになっていくのです。
 
また、今まで関わってきた子どもたちの中には、そばについてやっていれば勉強に取り組めるけれども、1人ではなかなかそれが難しい子どもも存在していました。小学校1年生くらいであればそれほど珍しいことではありませんが、それが小学校高学年や中学生といった年齢にも、少ない数ではあっても存在しているのです。あくまでもこちらの感覚的な判断ではありますが、それらの子どもたちは、自我が10歳…13歳などといった肉体的な年齢にも関わらず、年相応に育っていない未熟な部分を感じられます。だからこそ1人で勉強を続ける自信がなく、いつでも質問できたり教えてもらえたりできるような自分を支えてくる存在が必要なのだと思います。

けれども、外見的に大きくなっていると、周りの大人はそうした不安や自信の無さを理解できません。だから、小学校1年生のように長時間、丁寧にそばについていることはほとんどありません。それほど時間的な余裕が大人の側にもない、という状況が存在している部分もあるのでしょうが、「甘えている」あるいは「集中力がない」というように思われている場合が多いように思われます。大人の側に自我や学習についての知識と目の前の子どもの現実に対する理解、そして時間的な余裕があればそうした「甘え」だとか「集中できない」というような見方も変わってくるのかも知れませんが、なかなかそうはならないようです。大人の忙しさや余裕の無さからくる鈍感さの問題もあると思いますが、気付いた人から出来る範囲で改善の努力を重ねていくことも必要だと思います。

具体的には、勉強に際して、出来るだけそばにいてあげること。大人がTVやDVD、ゲームといった子どもの集中を乱すようなことをするのでは一緒にいると返ってマイナスになりますが、子どもの集中を乱さずいつでもサポートできるような行動、例えば本を読んでいたり、パソコンで資料を作っていたりはしていても良いと思います。ただ、わからない、と本人が助けを求めている時には、すっと教えてあげられる…というのがベストです。その際には、着眼点やポイントを指摘しながら途中まで一緒にしていっても、最後の寸前で手を引き、自分で完成させる形にするのが良いでしょう。慣れてくれば、ポイントだけ指摘し、後は自分で取り組ませるなど、関わる時間は徐々に少なくしていくように心がけることも、1人で学ぶ力をつけさせていく際のサポートとしては重要です。最初は手がかかりますが、力がついてくれば、勝手に自分で進めていけるようになります。そうなれば、大人には忙しい日々の中で心にゆとりと落ち着きをもたらしてくれる読書の時間、子どもには勉強の時間…となるかも知れません。

でも、「教えるまではちょっと…」と思われる方もあるかも知れません。そんな場合は、一緒に勉強する…というのもアリです。例えば、高校の時には分からなかったことが、大人になってふと子どもの教科書や参考書を丁寧に読んでみると意外なほど簡単に分かる…という場合があります。中学や高校の時は狭い見方・考え方しかできていなかったのが大人として様々な経験を積むことによって以前よりも幅広い見方が出来るようになったことで、当時は分からなかったことが分かるようになる…ということはあるものです。自分が分かってしまえば、子どもに教えられる場合も出てきます。また、一緒に勉強している…ということが子どもの目からは親しみや共感につながり、今まで口を閉ざしていたことを話してくれるきっかけとなったりもします。何よりも自分を見守ってくれている存在がある、ということが子どもに安心感や安定感を与え、勉強に集中しやすくなる環境を作っていくことにつながっていくのです。



2010年07月31日(Sat)▲ページの先頭へ
学習へのアプローチ 〜覚えることと練習〜@

はじめに
 
 
学習を進めていくにあたって、理解することと覚えること、そして十分に時間をかけて練習することはとても大切です。そして、理解することによって覚えていく道もあれば、練習を重ねる中で理解していく場合もあり、覚えることが理解につながっていくこともあり……と様々な過程が学習にはあります。けれども、その三つをバランスよく組み合わせることで学習した内容が定着したり深まったりすることは、あまり一般的には意識されていないようです。
 
そのため、問題を解く/あるいは消化するだけで勉強をしたつもり/させたつもりになっている子どもや大人は意外と多いようです。そのため、伸び悩んだり、わからないところすらもわからなくなってやる気を失ってしまったりして、結局、学習そのものをあきらめてしまう……そんなシーンも少なからず見かけます。
 
以前はそれ程でもなかったのですが、最近は、学習に問題を抱えて行き詰ったりやる気をなくしてしまったり、勉強の仕方がわからなかったり、といった子どもたちやその家族と関わる機会が増えています。そして、関わりを続ける中で再び学習に目を開き、学びを再開していく子どもたちを何人も見てきました。
 
そこで今回は、再挑戦も含めた、学習へのアプローチについて考えてみようと思います。
 


2010年07月24日(Sat)▲ページの先頭へ
伊勢志摩不登校ひきこもりを考える会 例会案内(8月)
ぼちぼちいこか 
(伊勢志摩不登校ひきこもりを考える会)
 
ぼちぼちいこか 志摩例会

日時 8月22日(日) 午後7時〜9時

会場 志摩市阿児町鵜方1975
 
志摩市鵜方公民館2F小会議室(または図書室)


 (近鉄鵜方駅北口下車・徒歩数分)
 
 電話…0599-43-2211
浜口 / 電話…0599-85-2752
E-mail…ZAN20571@nifty.com 
 
子どもみらい会議 例会
 
日時 8月21日(土) 午後7時〜9時 
 
会場 いせ市民活動センター南館2F

 
(伊勢税務署横・外宮前交差点のそば)

 
 
【ちょっとオススメbook】
 斎藤 環 著  『ひきこもりから見た未来』
  毎日新聞社 2010年  ¥1600+税
・『社会的ひきこもり』(PHP新書)の著者であり、医療の現場でひきこもりの問題と取り組み続けている斎藤環さんが毎日新聞に発表したものをいくつかの主題にそって再構築した本です。ひきこもりやNEETを生み出す社会構造や自立のためのサポート体制の確立についての提言などを分かりやすい文章で書いてくれています。


2010年07月23日(Fri)▲ページの先頭へ
フレネ教育研究会 夏季全国集会 案内
《第50回 フレネ教育研究会 夏季全国集会》 
 
日時 : 8月7日(土) 12 : 30 〜 8月9日(月) 12 : 00

会場 : 水月ホテル鴎外荘 大会議室
 
〒110-0008 東京都台東区池之端3-3-21
 пc03-3822-4611 Fax…03-3823-4340
地下鉄千代田線【根津駅】下車 5分 / JR【上野公園口駅】下車10分
 (宿泊希望の方は、先着20名まで予約受付 : 1泊3食 \12,000 )

参加費 : 一般 \5,000 会員 : \4,000
( 学生 \4,000 / 会員学生 \3,000 )

日程
8/7 12:00〜 受付
   13:00〜 開会
   13:15〜 第50回記念シンポジウム
       「フレネ教育が果たしてきた役割、これからの役割」
       船橋一男(埼玉大学)  佐藤朝代(埼玉県狭山市けやの森学園)
       高橋健一(東京 公小) 西口敏治(子ども教育宝仙大学)
                司会 : 古沢常雄(法政大学)
   15:00  …休憩…
   15:15〜 実践報告@「こんなときこそ、こんなこどもたちだからこそ」
                   田川 宏(兵庫 公小)
   16:30〜 アトリエ紹介
       (参加者が持ち寄った学習材、作品、教室の写真などの紹介)
   17:00〜 …夕食・休憩…
   19:00〜 分散会
   20:30〜 交流会
 
8/8   9:00〜 実践報告A「自由作文でかわってきた子どもたち」
                   鈴木速人(東京 公小)
   10:20  …休憩…
   10:40〜 実践報告B「子どもの問いで子どもが進める文学の授業」
                   川崎洋一(東京 公小)
   12:00  …昼食・休憩…
13:00〜 実践(入門)講座
        @自由作文      山川政志(東京民研)
        Aコンフェランス   田川 宏(兵庫 公小)
        B学習材・計画表   田中仁一郎(社会事業大学)
   15:00〜 実技講座
        @手作り絵本(ストレス・コントロール絵画療法)
                   浜口 拓(三重 カウンセラー)
        A作って遊ぼう…竹とんぼ・ブーメラン・変色ゴマ…
                   結城孝雄(東京家政大学)
   17:00  …夕食・休憩…          
   19:00〜 会員総会
 
8/9  9:00〜 実践報告C「表現する教室…作文を読み合い自分を語る」
                   桂山美奈子(三重 公小)
   10:30〜 フレネ学校見学報告   本田祐吾(東京 公小)
   11:00〜 集会のまとめ      佐藤廣和(三重大学)
   11:30  …閉会…
 
申し込み
 
 : 電話・FAX、郵便振込みで
(名前・会員,一般,学生の別・性別・住所・電話・勤務先や大学・宿泊申し込みの有無)
フレネ教育研究会事務局 まで
  〒166-0002 東京都杉並区高円寺3-21-19-410 石丸進 方
    & Fax … 03-3230-5977
 フレネ教育研究会hp ( http://www011.upp.so-net.ne.jp/freinet )から


2010年07月22日(Thu)▲ページの先頭へ
浜口塾 教育相談・心の相談
教育相談・心の相談しています
 
*教育相談
・不登校、特別支援教育、日本語学習…その他
*学習相談
・勉強の仕方がわからない、どこがわからないのかわからない、学習意欲がわかない…その他
*ひきこもり、ニート(NEET)の相談
・生活の改善、就労に向けての相談、就労(アルバイト)が始まってからの相談…その他
*心の相談
・感情のコントロールができにくい、コミュニケーションの不安、対人関係に自信が持てない…その他
・必要に応じて、カウンセリングも可能です。 
 
《料金》
 
1時間程度\5,000

(25分\2,000 / 40分\3,000 / 10分程度の電話相談は無料)
・塾生と家族の教育相談は月1回は無料、月2回目以降は規定の半額で可能です。
☆中学生、高校生、ひきこもり、NEETの方ご本人の場合は7/22〜8/30(2010年)の期間中であれば、2回目までは半額に割引します。
・割引期間以外でも、教育相談や心の相談、カウンセリングは可能です。
 
《申し込み》
@事前にメール(ZAN20571@nifty.com)や電話(0599-85-2752)で連絡して下さい。

指導者・相談員 : 浜口 拓
フレネ教育研究会全国委員 / 三重フレネ研究会事務局長
三重県登校拒否・不登校・ひきこもりを考える会(三重県・考える会)世話人
伊勢志摩不登校ひきこもりを考える会(サークルぼとぼといこか / 子どもみらい会議)事務局
日本心理カウンセリング認定 上級カウンセラー
 
フレネ教育の視点から、学習心理学の視点から、カウンセリングの視点からなど、複数の視点から問題へのアプローチを考えていきます。
 
連絡先
 〒517-0701  三重県志摩市志摩町片田3603番地
    電話…0599-85-2752
Email…zan20571@nifty.com


2010年07月04日(Sun)▲ページの先頭へ
伊勢志摩不登校ひきこもりを考える会 例会案内 (7月)
ぼちぼちいこか

(伊勢志摩不登校ひきこもりを考える会)
 
 
ぼちぼちいこか 志摩例会

日時 7月18日(日) 午後7時〜9時

会場 志摩市阿児町鵜方1975
 
 志摩市鵜方公民館 2F小会議室

 
 (近鉄鵜方駅北口下車・徒歩数分)

 浜口 / 電話…0599-85-2752
 
   E-mail…ZAN20571@nifty.com 
 
 
子どもみらい会議 伊勢例会
 
日時 7月17日(土) 午後7時〜9時 

会場 いせ市民活動センター南館2F

(伊勢税務署横・外宮前交差点のそば)
 
 
【ちょっとオススメbook】
 長山靖生 著  『自立か苦手な人へ 〜福沢諭吉と夏目漱石に学ぶ〜』
講談社現代新書 2010年  ¥740+税
・明治時代の状況と現代の状況を比較してその中で人々が共通の「困難」に直面していることを整理した上で、福沢諭吉と夏目漱石の考えや行動を手がかりにしながら、自立した個人と共同体の再生に向けてのヒントを与えてくれる本です。そのベースとなるものは、不登校・ひきこもり問題に取り組むにあたって、大きな示唆を与えてくれます。



2010年07月01日(Thu)▲ページの先頭へ
三重フレネ研究会 7月例会案内
三重フレネ研究会
 
〈7月研究会の提案 〉
 
7月3日(土)  午後3 : 30 〜 6 : 00 
 
三重大学教育学部2F グループプロセス室

 
(教育学部道路側階段を上がった右角)

・会場は教育学部2Fのいつもの部屋になっています。正門横の駐車場から向かって左の建物の階段横にある教室です。校舎の入口がしまっていますので、佐藤もしくは浜口まで電話して下さい。

《テーマ》
 
全国フレネに向けて

/ (自由作文についての学習会)


・フレネ教育の全国集会にレポートを持ち込むことを考えているメンバーのレポート検討という事で特にレポーターを指定せずに設定します。完成した形でなくても、あるいは原案や草案のミニ・レポートという形でもO.K.です。レポートを持って参加することで、2月の関西ブロック研究会以上にたくさんのことが学べると思います。そのために、構想だけでも良いので、持ち寄ってみんなで検討しましょう。

・どうしても間に合わず、レポートや草案が出なかった場合は自由作文の学習会をします。


2010年06月02日(Wed)▲ページの先頭へ
三重県登校拒否・不登校・ひきこもりを考える会 例会案内(6月)
三重県登校拒否・不登校・ひきこもりを考える会
 
三重県登校拒否・不登校・ひきこもりを考える会
 
(三重県・考える会)6月例会

 
6月20日(日) 講演会 & ワーク
 
不登校の子どもへのかかわり
 
  〜ストレスと感情表現の観点から〜
   
岡田珠江 先生
 
(三重大学教育学部 准教授 臨床心理士・芸術療法士)


時間 : 13:30〜16:30
 
会場 : アスト津 3F ミーティングルームAB

 
学校教育現場でのカウンセリングや教育相談を現場の先生たちとともに支えながら、日ごろから不登校問題にも取り組んでいます。子どもたちのストレスを芸術療法などを通して軽減し改善していくための研究や教職員を対象とした心理相談なども行っています。子どもたちの思いや感情を、絵や箱庭作りなどを通して外に出していくことで、ストレスを軽減したり思いを整理したりすることが出来るようになり、それが状況を改善する足がかりになっていく…そのようなお話が聞かせていただけるのではないかと思われます。
学校現場での不登校問題についてのお話だけでなく、参加される皆さんにちょっとした感情表出のワークも体験していただけるように準備していただいています。

・感情表現の簡単なワークも行います。(参加は自由です。)
・例会後、スタッフによる不登校・ひきこもりの個別相談も受け付けます。
 
《講師紹介》
三重大学 岡田珠江 准教授

(臨床心理士/芸術療法士)
三重大学教育学部附属教育実践総合センター 所属

著書など
『描画を活かした教師のためのカウンセリング入門』
 岡田珠江 著  明治図書 2006年
『覚醒夢を用いた子どものイメージ療法』
 岡田珠江・内田イレーネ 共訳  創元社 2009年
『学校カウンセリング入門』
 国立大学教育実践関連センター協議会教育臨床部門編
 東洋館出版社 2007年
【DVDで見る教育相談の実際】
 中野明徳 編 モジュール型コア教材研究開発研究会教育臨床編チーム著
 東洋館出版社 2009年





2010年06月01日(Tue)▲ページの先頭へ
伊勢志摩不登校ひきこもりを考える会例会案内 (6月)
ぼちぼちいこか
 
(伊勢志摩不登校ひきこもりを考える会)

 
ぼちぼちいこか 志摩例会

日時 6月20日(日) 午後7時〜9時
 
会場 志摩市阿児町鵜方1975 
 
志摩市鵜方公民館 2F小会議室

 
(近鉄鵜方駅北口下車・徒歩数分)
 
 浜口 / 電話…0599-85-2752
    E-mail…ZAN20571@nifty.com 
 
子どもみらい会議 伊勢例会
 
日時 6月19日(土) 午後7時〜9時 
 
会場 いせ市民活動センター南館2F

(伊勢税務署横・外宮前交差点のそば)
 
 
 
【ちょっとオススメbook】
 岸見一郎 著  『アドラー心理学 シンプルな幸福論』
           ベスト新書 2010年  ¥743+税
・他と人との関係の中で辛さや不安を感じている人々…多分、自分が好きになれない人たちに、自分や他者に対する見方・向き合い方を変えることで状況が改善するためのヒントを与えてくれる本です。実行する際にイメージがわきやすいように具体的な例もあげながら、自分を見直し関係を見直して、不安や辛さから逃れ、現状を変えてる方法を教えてくれる一冊です。


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【サークルぼちぼちいこか/伊勢志摩不登校ひきこもりを考える会】は、事務局の浜口が、【三重県登校拒否・不登校・ひきこもりを考える会】(三重県・考える会)の世話役をしていたところ、「伊勢志摩にも家族会を!!」という声が上がったため作られたものです。


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浜口 拓/志摩市志摩町片田で小中高15校20年の経験とフレネ教育やカウンセリングの知識を生かした《浜口塾》を開いています。教育相談にも応じます。また文学活動などもしています。よろしければ【TAC雑想記】 【TAC文芸樹】のblogも覗いて下さい。

カレンダ
2010年12月
     
 

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