blogぼちぼちいこか/伊勢志摩不登校ひきこもりを考える会 - 2011/02

サークルぼちぼちいこか/伊勢志摩不登校ひきこもりを考える会




2011年02月28日(Mon)▲ページの先頭へ
ステップとしての高校と社会参加(講演原稿) D
今の「現実」と受験校選択、そして家族にできること 
  
では、受験する高校を選択するに際して、どのようなことに気をつけると良いでしょうか。受験する本人の学力はもちろん重要なポイントですが、集団に対するプレッシャーの有無や大小、現在のコミュニケーション能力、朝起きられるかどうか、といったことも頭に入れて、合格してから高校生活を続けていけるかをも含めて考えながら受験する高校を決定すると良いでしょう。
 
例えば、本人が普通に外に出て様々な活動が出来ている状態であれば、また、ショッピングセンターや映画館などの人ごみも特に気にならないのであれば、普通の自分の実力にあった高校を受験するという選択で良いと思います。人が多いということが多少気になるとしても、それ程不安や恐怖を感じることなく高校生活を過ごすことが出来るでしょう。そのように考えれば、少し慣れるまで時間がかかるだろうと覚悟をした上で普通の高校を選択する、という判断も悪くないでしょう。
 
けれども、本人が他の人との関係で不安が大きく、人が多いとかなりプレッシャーを感じるのであれば、そのプレッシャーの度合いに応じて、定時制や通信制を考えた方が良いでしょう。定時制や通信制高校の場合、学校やクラスの規模が一般の全日制高校よりも小さめですし、通信制では特に出席しなければならない日数も少ないので対人関係のプレッシャーは普通の全日制高校よりもずっと小さくなります。他の人との関係でのプレッシャーが多少なりとも小さくなれば、その分、高校生活は続けやすくなるでしょうし、高校を卒業できる可能性も高くなるでしょう。20人から30人程度の少人数なら強いプレッシャーを感じずに活動できそうであれば、夜間定時制(単位制)高校が続けやすい選択となるだろうし、その人数でもかなりプレッシャーだというのであれば、月に3~4回程度学校に行けばよいだけの通信制高校という選択が良いかも知れません。
 
ただ、通信制高校の場合は、締め切りに合わせて定期的にレポートを出していく必要があるので、レポートを完成するためのサポート方法も合わせて考えて置くと良いでしょう。1つは登校日でなくても学校に出かけて通信制高校の先生に指導を受けるという方法。勤務時間内であれば先生は教えてくれますし、「先生」という新しい他者と関係を作り、深めていく機会ともなります。また、塾や家庭教師などを利用するというのも1つの方法です。
 
それから、昼までなら何とかなるけれど、朝早くはどうしても起きることができない、というのであれば、定時制(単位制)高校の午後の部という選択肢もあります。午後の部だけの授業を取っていると卒業まで最低4年かかりますが、最近は午前の部や夜の部の授業も一部は取れる形をとっている定時制(単位制)高校が増えてきていますし、学校によっては通信制高校の単位も取れる制度が利用できるケースもあるので、そのような形でうまく単位を取っていけば3年で卒業することも可能です。
 
高校によってはアルバイト(夜間や通信の場合は仕事に就くこと)が認められる場合もあります。お金の問題、というだけではなく新しい人間関係を作っていくチャンス/練習ととらえてチャレンジしてみることも、将来の事を考えればbetterではないか、と思われます。
 
いずれにしても、高校はゴールではなく、通過点に過ぎない、ということを色々な意味で頭に置いておくことが大切でしょう。合格できればそれで良い、という訳ではありません。それに、将来、自立して家族と暮らしていければ、どんな形で高校を出ていようが関係ないし問題はない訳です。そうした意味においても、高校は「通過点」なのです。

親や家族の対応としては、本人の状況を頭に入れた上で、続けやすい選択ができるように相談にのり、1つひとつの小さなハードルを越える時にもしっかり励まし、支えてあげることを中心に考えていけば良いと思います。本人にして見れば、朝きちんと起きることや服装を整えることなども小さなハードルになっている場合もあります。当然、それを乗り越える過程では大人が思っている以上にエネルギーが必要となり、思いの他疲れるようなことも少なくありません。その際の不安や辛さを理解してもらえている、と実感できると新たなエネルギーも湧いてきます。親も人間ですから、総てを完璧にできる訳ではありませんが、親自身が続けてできることを積み上げていくことでできることも増えてくるものです。
 
そのためにも、親自身が信頼できる人や場を持つことも大切になります。グチをこぼせる場、安心して相談できる場、意見を交換できる場を持つことで、親自身も自分を見つめ直したり、協力し合えたりできるようになります。そのことで心の余裕も生まれてきますし、それが子どもの心や状態をキャッチするセンサーの感度の向上にもつながります。
 
それに、1人ではできることは少なくでも、分かり合い協力できる仲間どうしとして力を合わせることが出来れば、少しずつ周りを動かしていくことも出来るようになっていくでしょう。不登校・ひきこもりの親の会も、そのようにして各地で生まれ、社会に不登校ひきこもりの問題を認知させる力を持ったのですから。



2011年02月27日(Sun)▲ページの先頭へ
ステップとしての高校と社会参加(講演原稿) C
自分の現実との折り合い(2) 【対人関係面】

β、次に対人関係について考えてみましょう。
 
現時点において、対人関係に特に大きな問題を感じることがなく、普通に家庭教師と接したり、塾に通ったり、無理なく外出できるようであれば、この2月の時点で学校に出ていなくてもそれなりに手は打てるでしょう。また、高校に入学して、新しい環境の中で新たな人間関係を作っていくことも、多少のトラブルはあるとしても、対人関係に不安を抱える人に比べればそれほど困難は伴わないと思われます。

逆に、高校入試を考えるに当たって、対人関係の面で不安を抱えていると、学力面ではクリアできても入学後の高校生活が問題になります。受験校の選択に際して、本人は他の人との関わりについてあまり意識していない場合は少なくありません。今の時点で外に出られなくても、高校に合格すれば4月から何の問題もなく通える…と信じているケースはけっこうあるのです。確かに、中学時代とは環境がガラリと変わったことにより、高校に入ってからは何の問題もなく毎日学校に通える人はいます。けれども、きちんと入試の準備をして、入試に合格して高校生活に入っても、人付き合いの面での問題が大きい場合は高校入学以降に問題が噴出してくることがあります。せっかく合格しても、結局、他者に対する不安や恐怖心が大きくなって家から出られなかったり、何とか高校に通い始めたけれど何かのきっかけで行けなくなってしまい、そのまま休学や中退となったりするようなケースもあるからです。そのような場合は「また失敗した」という挫折感が尾を引き、入試前よりも状態が悪くなることもあります。

家族としか話が出来ない、あるいはお母さんだけ、お母さんと兄弟姉妹(あるいはそのうちの特定の誰かだけ)だけしか話が出来ないようでしたら、高校に入っても先生や同級生と関係を結んでいくことが出来にくく、ちょっとしたことがきっかけでまた通えなくなってしまうケースは少なくありません。それに、家族以外とはなかなか関係を結べない場合は、当然、新しい他者との関係には消極的になりますから、家庭教師や塾という形で学習面を補う手段は取り難くなります。また、何とか入試に合格し、高校に入学できても、対人関係の不安やトラブルが原因や直接の引き金となって、また高校に通学でき難くなっていくでしょう。

けれども、本人が自分自身の現実…他の人と関係を結ぶ力が弱いということ…をごまかしたり強がって否定したりせずに受け入れ、本気でそこから脱出したいと願うのであれば、家庭教師や塾も、対人関係を開いていくための機会やステップとなります。他の人たちと関係を結ぶ際の自分自身の課題にきちんと向き合えば、家庭教師との関わりや塾に通うことなども学習面を補うばかりでなく他者との関わりを結んだり深めたりする訓練の場ともなるからです。それに、そうした人間関係の面にも課題があると本人も家族も認識していれば、家庭教師や塾の先生にそれを伝えることで配慮もしてもらえるでしょうし、その中で学力面ばかりでなく対人関係の面でも経験を積んでいくことが出来ます。そして、高校に合格できれば、先生や同級生との関わりもまた、就業や自立に向けての対人関係の訓練や経験となるのです。

いずれにしても、高校入試に際して自分自身の学力面(志望高校に入学できるような点数が取れるかどうか)と対人関係面の両方の「現実」を考えて受験する高校を決定することが、通学や卒業のためには重要となるでしょう。



2011年02月26日(Sat)▲ページの先頭へ
ステップとしての高校と社会参加(講演原稿) B
自分の「現実」との折り合い(1) 学力面 
  
さて、「高校」が【目的】ではなく、通過しておかないと不利になる【条件】の1つである、ということを述べましたが、ゴールではなく通過点に過ぎないとしても、高校に入学し、卒業資格を手にするにあたっては、それなりにハードルもあります。それは、大きく分ければ、学力面と対人関係面ということになるでしょうか。

α、まず、入試をクリアする学力について考えてみましょう。

中学校を卒業するまでに不登校を経験している人には、それがどのような理由であったとしても、それなりの時間、学校での授業を抜けていることになります。ですから、単純に考えてもその分だけハンディがある訳です。当然、その分の学力面は、何らかの形で補わなければ、高校入学のハードルを越えることが困難である場合も出てきます。
ただ、高校入試につい考えれば、中学で学習する内容をすべての教科で100%理解している必要はありません。トップクラスの進学校に進むのでなければ、それなりの点を取れればけっこうその受験校の合格点には達するものです。
 
公立高校の入試において一教科でも0点を取るとかなりマズイですが、苦手な教科であっても5点なり10点なりは取れていて、しかも全体としてその高校の合格点に達していれば高校入試に合格できる可能性は高いのです。だから、私自身、高校入試に当たっては「3年生の学習内容は捨て、1,2年の内容の復習をしっかりやれ」という指導をする事も少なくありません。そして、今までの私の経験では、それを守って勉強した子で不合格になった生徒は1人もいません。
 
私の過去の経験で一番大変だったのは、中学校3年の2月から私のところに来て、一年生の英語の教科書と正の数負の数の計算から始めた子の例です。その子に対しては、知り合いを通じて事前に相談もあったので、その際に「せめて入試3ヶ月前に連絡してもらった方が良い」ということを伝えていたのですが、入試まで一ヶ月半となる時点まで決心がつかなかったようなのです。それでも、その子は腹をくくっていましたので、毎日の長時間の勉強と多量の宿題に耐え、3月の初めには中一の英語の教科書をざっと終え、数学も連立方程式の基本的な問題までは出来るようになっていました。当然、家でも必死で私からアドバイスされた勉強を続けていましたから、「こんなに勉強したことは今までなかった」と言ったほどです。それでも、何をどのように勉強するか…ということが自分自身でもイメージ出来ていたので、受験のためのハードな勉強を続けられたのです。そして、本当に何とかかんとか…という感じではありましたが高校入試で合格し、高校に進学することが出来ました。
 
そうした意味では、特に中学1年程度の学習内容までなら、本人の意欲と家庭の中だけの対応で学習面は何とかなる場合もあります。例えば、お父さんが理数系に詳しければ、数学の連立方程式なども教えられるかも知れないからです。けれども、中2辺りの学習内容になると、本人の努力と家庭の中での対応だけでは難しい場合が多くなってくるのではないかと思われます。私の姉も(学生時代は数学はけっこう得意だったのですが)、息子が小5の時に算数の宿題が分からず夜中に聞きに来た事がありました。小学校高学年でもそうですから、中学ではなおさらです。その場合、塾や家庭教師などで補えれば、少なくとも、レベルの高い進学校を除けば、高校入試のペーパーテストでそれなりに合格できる程度の点を取ることは不可能ではないでしょう。
 
その際に大切なポイントはどのように勉強していけば良いかという具体的なイメージが(家族や先生のサポートがあっても良いのですが)はっきりしている、という事です。あわせて、「勉強しなければならない内容すべて」を意識するのではなく、今日何をきちんと終わらせ、明日は何をしたら良いか、ということに意識を集中し、それを確実に遣り通す努力を続けることです。「勉強しなさい」と周りが口うるさく言っても、また本人が「勉強しなければ」と決意をしても勉強が続けられる訳ではありません。勉強を続けられる具体的なイメージを本人が頭に思い描ける、という事が大切なのです。それと合わせて、お父さんなりお姉さんなりといった家族の誰かが同じ部屋で資格所得などの勉強をしている…といったような環境があれば、そういうことも本人の励みになると思います。
 
ここで、ある程度各教科の勉強についても話をしておきましょう。
 
まずは数学について。公立の数学の入試問題の最初は基本的な計算問題になっています。問題は1年の正の数負の数の計算や文字式の計算が大体出題されていますから、それが出来れば、少なくとも数学で0点を取ることはありません。けれども、正の数・負の数の計算がよく分かっていないと計算問題も出来ない…ということになります。(もちろん、日常生活でもとても困ります。)そこで、正の数・負の数の計算や文字の式の計算を指導する際に、イメージしやすくするための道具として、私はよくトランプを使っています。

正の数を黒のカード、負の数を赤のカードで表し、例えば 8+(-9) という式を♠8 ♡9という具合にトランプを並べて表します。足し算(引き算も「項」という考え方で足し算に直る)の場合、色違いは数の大きい方から小さい方をひいた違いに大きい方の符号をつけ、同じ色の場合は数を合わせて、共通している符号をつける。

掛け算(割り算も分数の逆数の考え方で掛け算に直る)の場合は、色違いは数字をかけて−の符号をつけ、同じ色の場合は数字をかけて+の符号(普通は省略しているが、計算が身に付くまでは書くようにすると定着が早い)をつける…というように視覚的にやっていくと分かりやすい場合が多いようです。また、「項」という考え方を意識させるために式を+(たす/正の符号プラスではない)や−(ひく/負の符号マイナスではない)の前で式を切ると分かりやすい…というようにまとめてあげると、文字の式の計算で同類項の計算をする場合や方程式の移項の考え方も理解しやすくなります。

国語の場合は、教科書の音読(雑に読まず一語一語を明確に発音)や新聞のコラムや社説をまとめたり、読んだ感想を書いたりする練習をする…というような形の勉強法が漢字練習や問題集をする以外にもやりやすいと思います。文をまとめたり、感想を書いたりするのは「作品」としての読書感想文を作るのが目的ではなく、あくまでも読解の練習として位置づけ、書き終えたまとめや感想の出来を問題にしないように伝えれば、続ける際のプレッシャーは小さくなるでしょう。原稿用紙の使い方を覚えることも含め、ノートではなく原稿用紙を使うのも良いかもしれません。それから、書いたものをパソコンでタイプし直すことも文章や漢字の見直しや確認をする場合には非常に有効な手立てとなります。その方が自分の書いた肉筆原稿を自分で読みながら書き直すよりも本人にとって分かりやすくなり、また学習メディアを変えることにもなるので、学習意欲も維持できるのです。時間があれば、鉛筆などで書いてそれをタイプしなおし、また鉛筆などで清書する…ということを続ければ読み取る力と作文力の両方がつくようになるでしょう。また、読み取る力がついてくれば、理科や社会の教科書を音読するだけでも覚えられるようになっていきます。

英語については、英単語の意味とスペルを覚えるだけでもかなり違ってきますが、語順とbe動詞・一般動詞の知識を持っていると中一の範囲は特に分かりやすくなります。私はよく「英語は【主語】の部屋・《述語(動詞)》の部屋・〔その他〕の部屋に別れ、【主語】と〔その他〕が=となる場合はbe動詞になり、そうでない場合は一般動詞になる。〔その他〕の部屋はinやof、atなどの前置詞の手前のところでいくつかに分かれる場合があり、【主語】を訳してから、後から固まり順に訳していくときれいな日本語になることが多い」というような説明をします。I am 50years old. では「私 / I」=「50歳 / 50years old」ですが、「I like AKB48.」では「私 / I」と「AKB48」はまったく別の存在であり、それがBe動詞と一般動詞の違いになっていることが理解できれば、混乱は多少なりとも少なくなります。そういった文法的なことに合わせて音読CDなどを使いながら音読の練習を繰り返せば英語のリズムや発音にも少しずつ慣れていくと思われます。加えて、1年生の教科書に出てくる単語だけでもある程度覚えてしまえば、必ず点は取れるでしょう。

理科や社会は、総てではなく、例えば「生物」だけとか「歴史」だけというような形で得意なものや自分が勉強を続けやすいものに絞ってやれば、0点をとることはないでしょう。特に理科の生物や地学(天体や気候、火山活動と地震などの分野)や社会の地理・歴史・公民などは暗記していればそれなりに点が取れる場合が少なくありません。だから、自分が得意だったり覚えやすかったりするもの限定で丸暗記する、という勉強法もテスト対策としてはアリです。歴史はマンガ版もいろいろ出ていたりしますから、それに目を通しておおよその流れをつかんでから教科書を使って暗記したりする手もあります。その際にもやはり音読は黙読よりも記憶の効果は上がりやすいでしょう。学習心理学的に見れば、「目」だけでなく「口」と「耳」でも覚えるから…ということですが、自分なりにまとめることも、多少時間はかかる気はしてもそれゆえによく記憶していて忘れにくくなります。自分の頭をきちんと使って加工したり利用したりすることで頭の中に残りやすくなるしまた短い時間で思い出しやすくなるのです。



2011年02月25日(Fri)▲ページの先頭へ
ステップとしての高校と社会参加(講演原稿) A
先へ進む条件としての「高校資格」 
  
日本の経済は、まだまだ厳しい状況が続いていてなかなか先行きの希望が見えてこない、というのが、特に地方都市の一般生活者の正直な実感ではないか、と思われます。そんな中で、大人である親や中学校の先生たちの発想としては、「せめて高校ぐらいは出ておいて欲しい」という思いは、経済の状態が安定している時以上に切実になっているのではないでしょうか。それは、単なる大人の側からの見栄や押し付けではなく、今までそれなりに人生経験を積んできた大人として当事者の将来を考えた上での正直な思いでしょう。
 
不況が続く中、貧困が原因で高校を中退せざるを得ない高校生たちが全国規模で増えています。が、中退した後、パートやアルバイトも含めた仕事を見つけることが「高校生」という資格を失ったことで一層困難になる場合は少なくありません。その中での焦りや不安、ストレスと孤立化によって自暴自棄になり、犯罪などに手を染めるような若者も出てきます。逆に、ウツや精神的な症状が出て、重い場合には自殺に至ることもあります。それを知っている大人たちは「せめて高校だけは出て欲しい」という思いを強く持つのです。
 
けれども、子どもたちや若い世代の人たちの中には、なかなかそうした現実を実感できない人がけっこういます。中には薄々と感じている場合もあるでしょう。けれども、特にひきこもり状態が長引いているケースなどでは、家族が本人を守ることを最優先に考えた結果、意識的に現実から遠ざけている場合もあり、厳しい現実を認め、それに向き合うことがなかなか出来ない場合が少なくありません。
 
例えば、中学や高校の勉強や規則に縛られている生活に嫌気がさしていて、学校や教師に反発したり、校則違反や非行などの問題行動を繰り返したりして、「学校がウザい」と考えているタイプの子どもたちがいます。このような場合は、学校をやめて働けば、もっと好き勝手が出来るし自由になるだろうとぼんやりと考えている場合も少なくないのでしょう。けれども、学校をやめて学生/【高校生】でなくなった時点で、就職どころかアルバイトすらも探すのが大変で、時給などの収入も非常に低く抑えられてしまうシビアな現実を知ることになるのです。
 
あるいは、高校のクラスという「人の集まり」になじめずやめてしまうような場合もあります。が、人との関係づくりをことの他苦手として高校をやめてしまったり、中学校を出てひきこもってしまったりしたようなケースがそれに当たるでしょう。このような場合は、少数の人との人間関係づくりにも不安や恐怖を感じ、それが高じると外にも出られなくなったりします。そのようなケースでは、安定就労どころか短時間のアルバイトすらも敷居が高く、結局、家族に依存して暮らすことになります。
 
けれども、親がいつまでも若い訳ではないし、親が高齢化すれば収入も減少して、家族そのものが経済的・社会的に崩壊してしまうような場合も出てくるかもしれません。そうなってしまってからの就労や社会参加は非常に困難を伴い、問題がより一層深刻化してしまう可能性は一段と高まります。
 
現在の日本の社会は経済的に深刻な不況下にあり、しかも地方都市ではそれが大都市圏の何倍も厳しい状況です。私の同級生でも家族を地元において自分は大都市に働きに出ているケースがけっこうあります。それから、地元に住んでいても仕事のために片道一時間以上もかかる現場に早起きして通っていたりする者もいます。
 
しかも、国民の生存権を守るためのセーフティー・ネットが制度疲労をおこして上手く機能しないのに、小泉政権以降10年以上も、新しいセーフティー・ネットづくりは遅々として進んでいないような状況がずっと続いています。そのような社会の現実の中では、【高校】は就労し、社会に出て行くための重要なステップとしての意味が今まで以上に強まってきていると言えるでしょう。
 
もちろん、ずば抜けた才能があり、高卒の資格がなくても、その才能を活かして生活に必要な収入を得たり、普通の人々よりも高額の収入を得たりすることができる場合があることも事実です。けれども、そうして成功するだけの才能とチャンスに恵まれる例は少なく、割合からすれば、プロ野球の選手になる方がずっと楽でしょう。考えてみて下さい。現在、日本のプロ野球で活躍したり日本を飛び出してアメリカのメジャーリーグで活躍したりしている選手の中で、高校を卒業していない選手は1人もいないでしょう。中学や高校の部活で野球をしている生徒は全高校生のほんの一握りであり、さらに甲子園に出場するのはその中のごくごく一部です。その中でもプロ野球の選手となるのはさらに限られた人たちに過ぎません。けれども、プロ野球の選手名簿を見れば、そのすべてがいずれかの高校か大学を卒業しているのが分かります。それから考えれば、人数的にはプロ野球で活躍するような選手になるよりも東京大学に合格する方がずっと易しい…ということも言えるわけです。芸術家や小説家などでも同じようなことが言えるでしょう。そうしたことを考えてみても、今の日本で【高卒】の資格もなしに社会的に成功するのはプロ野球の選手になるよりも珍しいことであると同時に大変なことなのです。
 
だから、今の日本の社会でそれなりに生きていこうとすれば、【高卒】という資格はとても重要です。アルバイトも「高校生以上」という条件が自然についていることが多いですし、資格や技術を手にするために専門学校に通うことを考える場合でも【高卒】という資格が必要であるケースの方が圧倒的に多いのです。今の日本の厳しい社会情勢の中にあって、高校は、目的ではなく単なる通過点に過ぎません。そしてさらに言えば、それは「通過しておいた方が良い」というレベルではなく「通過していないと極端に不利になる」という風に考えておいたほうが良いレベルのものなのです。
 
その意味で、何らかの形で高卒の資格を得られる可能性があるならば、その道を模索する努力は、本人には勿論、家族や周囲の人にも大切です。ただ、努力の過程で他の道が見つかれば、必ずしも高卒の資格に固執する必要はありません。それはあくまでも【条件】の一つであり、何らかの形で人生を豊かにしてくれるような出会いや道が見えてくればそれで良いのです。ただ、何の努力もせずに、ズルズルと時を過ごしてしまうことだけは、避けたいものです。もちろん、エネルギーを溜めるために休むことは必要です。けれども休み続けて、結局、人生を無駄にすることのないように、自分自身と向き合い、成長していけるような生き方ができるようにすることが大切だと思います。



2011年02月24日(Thu)▲ページの先頭へ
ステップとしての高校と社会参加(講演原稿) @
2/20(日)の午後、アスト津での講演には30名近くの方が参加して下さいました。1時間の予定で話す内容を準備していたのですが40分しか時間がありませんでしたので、就業の問題についての部分が話せずに残りましたので、このブログに原稿をupしておきます。
 
ステップとしての高校と社会参加 
 
  
はじめに
 
 
現在、受験のシーズン真只中にあり、県内公立高校の後期選抜試験まで1ヵ月を切っています。不登校に悩む当事者・家族の皆さん、特に3月に中学や高校を卒業する人や一度は中退したけれど再度チャレンジしようと考える人たちにとっては、不安や悩み、ストレスがもっとも高まる時期ではないかと思われます。
 
高校は、確かに大切です。けれども、長い人生からすればたかだか3,4年程度の期間に過ぎません。それを考えれば、高校入学がゴールではなく、社会に出て仕事や役割を果たしながら自立し、人間的に成熟していくことの方がずっと大切です。ある意味では、高校を卒業していなくても、地域社会で働いて収入を得たり、様々な活動で社会参加をしたり、地域や家族との関わりの中で一定の役割を果たして自立出来ていればそれで十分だ、と言っても良いくらいです。だから、もしこの春の高校入試で失敗するようなことがあっても、それで人生が終わった訳ではないのだ、という事なのです。特に、自分自身を取り巻く厳しい現実から目を背けて甘い判断で受験した場合は、失敗する可能性は少なからずあります。もちろん、失敗すれば本人のショックは大きいでしょう。家族も少なからず衝撃を受けるかもしれません。けれども、その失敗を糧にして、困難を乗り越える力を身に付けることが出来れば、それは将来を切り拓くチャンスにつながっていきます。だから、高校入試にチャレンジすることの意味は大きいし、もし失敗しても周囲や家族がそれをチャンスに変えていくような経験にしていくようなサポートをすれば良いということになります。
 
それに、受験に成功すれば、新たな出会いもあります。高校という時期が受験での様々な関わりも含めて、人間関係を深めたり人間関係を広げたりするチャンスにもなります。そして、それらの人間関係がその後の人生において大きな意味を持つことになるかも知れないからです。英語のことわざに「まさかの友は真の友」というのがあるそうです。本当に辛く苦しい時に支えあえる関係が人生を豊かにするし、幸福にもするものです。
 
そのような意味で、この春を本人や家族にとって、どのような結果になっても意味のあるものになるように、手がかりとなるような話をしていければと考えています。
しかし、今の日本社会の状況からすれば、けっこう厳しい内容の話もしない訳にはいかない部分もあります。けれども、そこから今できること、これから続けられることのイメージを描き、毎日のステップを刻んでいくことができれば、それなりに道が見えてくるのでないかと私は考えています。今回は、そうしたことも含めて、あらためて高校受験について考えてみる機会を提供できればと思います。



2011年02月05日(Sat)▲ページの先頭へ
三重県登校拒否・不登校・ひきこもりを考える会 2月例会案内 講演と相談会
三重県登校拒否・不登校・ひきこもりを考える会
 
2月例会
 
進路の不安と将来への展望について  
 
講演と相談会

日時 : 2月20日(日)  13:30〜16:30 

会場 : アスト津 3F ミーティングルームAB

@不登校・高校中退者の気持ちの理解と家族の支え方/木村茂司(考える会代表)
@学習への取り組み方と進学・就業へのステップ/浜口拓(伊勢志摩の会事務局)

小・中学校での不登校、高校での不登校や留年、中退の子どもたちや人々が今もたくさんいます。現在では相談先も増えてきていますが、実際問題としては、必ずしもしっかり相談できているとはいえなかったり、十分な援助があるとは言いきれないような例も少なからずあります。そのような現状を踏まえた上で、これまでの【三重県・考える会】での体験や相談事例などを参考にしたり、世話人の相談経験に基づくヒントやアドバイスを参考にしたりしながら、将来のことを考えていく機会にしていただきたいと思い、今回は講演と相談会という形の例会を行います。

進路というのは高校に限ったものではなく、大学や資格取得の各種専門学校、そして就業に向けての取り組み方、色々な支援システムの利用の仕方、どのような就業先、就業形態を考えていくのか、ということまで含まれます。

まずは、子ども・青年たちの実情をつかみましょう。そして、学習や学校から就業に至
るまでの様々な実情・情報をつかみましょう。

ご参加をお待ちしております。

・例会後、スタッフによる不登校・ひきこもりの個別相談も受け付けます。


2011年02月01日(Tue)▲ページの先頭へ
伊勢志摩不登校ひきこもりを考える会 例会案内 (2月)
ぼちぼちいこか
(伊勢志摩不登校ひきこもりを考える会)

 
ぼちぼちいこか 志摩例会

日時 2月19日(土) 午後1時30分〜4時30分
 
会場 志摩市阿児町鵜方1975
 志摩市鵜方公民館 1F図書室(または小会議室)

 
(近鉄鵜方駅北口下車・徒歩数分)
  電話…0599-43-2211
 
 浜口 / 電話…0599-85-2752
    E-mail…ZAN20571@nifty.com 
 
子どもみらい会議 例会
 
日時 2月19日(土) 午後7時〜9時 
 
会場 いせ市民活動センター南館2F
 
(伊勢税務署横・外宮前交差点のそば)
 
  
【ちょっとオススメbook】
 岩波 明 著  『どこからが心の病ですか』
ちくまプリマー新書 2011年  ¥780+税
・不登校・ひきこもりやNEETの就労問題は、発達障害や心の病が関わっているケースがあります。けれども、発達障害や心の病には様々なものがあり、対応もそれぞれ異なっています。この本は、様々な心の病や発達障害について分かりやすく整理してあります。早めに医療関係者につながることで治る可能性が高まるケースもありますので、その判断の手助けとなる指針を示してくれる本です。



   


【サークルぼちぼちいこか/伊勢志摩不登校ひきこもりを考える会】は、事務局の浜口が、【三重県登校拒否・不登校・ひきこもりを考える会】(三重県・考える会)の世話役をしていたところ、「伊勢志摩にも家族会を!!」という声が上がったため作られたものです。


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浜口 拓/志摩市志摩町片田で小中高15校20年の経験とフレネ教育やカウンセリングの知識を生かした《浜口塾》を開いています。教育相談にも応じます。また文学活動などもしています。よろしければ【TAC雑想記】 【TAC文芸樹】のblogも覗いて下さい。

カレンダ
2011年2月
   
         

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