フレネ教育

サークルぼちぼちいこか/伊勢志摩不登校ひきこもりを考える会




2009年04月12日(Sun)▲ページの先頭へ
フレネ教育の自由作文 10
自由作文と実践のさらなる展開 
 
さて、自由作文を続けていくと、やがて表現がワンパターンになったり、停滞したりして、実践の行き詰まりを感じる場合が出てくる……という話を全国研究会などで時々聞くことがあります。それは、実践の危機であると共に、実践を広げるチャンスでもあるのです。というのは、自由作文をベースにして、カード作りやアルバム・絵本作り、詩の発表、学校間通信などの新たなフレネ技術にアクセスしていく機会でもあるからです。
 
自由作文を書いたり、自由作文をみんなの前で発表したりする活動を続けてくると、書くこと、まとめること、発表すること、交流することのそれぞれの方向に実践を広げたり深めたりすることの土台が出来上がっていきます。その土台の上に立ち、複数のフレネ技術(詩の発表/コンフェランス/学習カード/アルバム・絵本作り/学習計画表/学校間通信etc)につなげることで、自由作文が再生すると同時に他の面でも子どもたち1人ひとりの表現や子どもたち相互の表現、関係が深まり、集団(学級)独自の文化も形成されて、「場」の豊かさが育まれ、学びが広がったり深まったりしていくのです。
 
私の知っている範囲でも、自由作文の発表の延長/あるいは平行しての形で、詩の朗読や暗唱、自作詩の発表へつながる場合もありましたし、教科と連動する形で、理科や社会科、生活科などの学習カードへと発展していった場合もありました。あるいは、自由作文で発表したことの中から関連したものを集めて整理し、家族や地域の人も巻き込んでコンフェランスの形でクラス全体の場や学校全体の場で発表するような実践もありましたし、アルバムや絵本の形にまとめられる場合もありました。
 
自由作文以外の様々なフレネ技術が学級という学びの場に導入されると、それらの進み具合を意識する必要が出てきます。その際に、学習計画表の導入も可能になります。自由作文をどのようなペースで書くのか、あるいは発表するのか。詩の朗読はどうするのか。アルバム作りは……。それらを自分自身で意識しながら、クラスのみんなや先生にも確認してもらいつつ、作り、自らの手で点検していく。それによって、「学び」が、子ども自身のものになっていくことにつながります。
 
このように、フレネ技術としての「自由作文」は、他のフレネ技術と連動しながら、子どもたち1人ひとりの学びと、共に生活し学習していく「場」としてのクラス集団を作っていく基礎となる大切なものなのです。
 


2009年04月11日(Sat)▲ページの先頭へ
フレネ教育の自由作文 9
活字と自筆(肉筆) 
 
さて、「作品」としての「自由作文」を考える時に、ワープロやパソコン等でタイプした活字なのか、あるいは実際に子どもが自分の手で書いたものなのか、ということにも気をつける必要があります。
 
フランスにおけるセレスタン・フレネらの実践では、選ばれた作文をみんなで活字化していくようなことも行われました。第一次世界大戦が終った後という当時の時代背景における活字化については、実際に印刷用の原版を作るために子どもたちが手作業で1つひとつの言葉のつづりのアルファベットの文字を拾って活字を組む作業を行い、それを印刷して文集を作り、地域に売りに行った……というような話も聞いています。それには、活字を拾う際の「手作業」の教育的効果や、そうした活動で得た収益を学校や学習、学校での子どもたちの日常生活のために使っていくという自治活動の意味もありました。
 
が、20世紀末から現在にいたるまでのパソコンの普及や、日本の学校環境の中では、同じ実践はまず行えないでしょう。パソコンで簡単に活字化ができるのに、わざわざ古い活版印刷の道具を使って日常的に手作業することを心情的にも、時間的にも導入することは難しいでしょうし、子どもたちの作文が地域社会で「商品」として売り物になり、それを子どもの自治活動のために子どもたち自身が自らの判断で使えるような状況に持っていくことは、今の日本の教育行政や学校の現状ではほとんど不可能だからです。
 
それでも、活字化することの意味はあります。例えば、「作文」を早く書き上げた子に対して先生や家族〈大人〉が「しっかり見直しなさい」と言う光景は、どこでも見られるでしょう。が、ほとんどの場合、子どもは「見直し」は出来ません。もう一度読み直してみても、自分のミスや間違いにほとんど気付かないのです。ところが、「書き上げた作文をそのままパソコンでタイプしてごらん」と言うと、タイプの過程で簡単に自分のミスや間違いに気付きます。そのようにそのままタイプした作文をみんなで確認しようとすると、別に意地悪とかではなく、他の人の作文のミスを探すのはとても楽しみますが、自分の作文のミスを指摘されるのはあまりおもしろくない、という思いを子どもたちのほとんどが持ちます。そういうことを繰り返すと、一つひとつの言葉や漢字にある程度慎重になったりもします。そうした効果を考えただけでも、活字にする意味はあるということになります。
 
では、いっそのこと、パソコンを操作して「作文」をしたらどうか……ということで、考えると、それでは漢字を書けなくなりそうだ……ということで、多くの大人が賛成しないのではないかと思います。私も含めてパソコンを使って文章を書くようになった結果、時々、漢字を忘れてしまう……という回数が爆発的に増加しているからです。(私の場合は年齢のせい……というウワサもありますが。)学習心理学の知見からしても、使わないものは忘れたり衰えたりする……ということは広く言われています。ということで、学校現場において、日常的にパソコンを使って「作文」をするということは今後とも行われる確率は非常に低いのではないかと思われます。
 
でも、小説や詩や童話を書いてきた私の実感からすると、漢字を忘れるどうこう以上に、自分自身の手で書くという意味は大きいように思われます。実は、パソコンやワープロで直接書くよりも、自分の手を使って文章を書く方がイメージは広がったり深まったりしやすいのです。けれども、その広がりや深まりが独りよがりなものになっていて、他者への伝達と言う面で弱点を抱えている……という面も感じます。そこで、まず草稿を自筆で書き、その後でもう一度タイプをする(1度どころか10度……などという場合もあったりしますが)のが、イメージの広がりと他者への伝達の双方を満たすやり方である、という結論に達しています。特に、イメージの広がりや深まりを必要とするのは、小説や童話を本気で書こうとする時です。時間はかかりますが、その方が自分なりに納得できる「作品」が書けます。
 
少し話がそれました。「自由作文」の活字化の問題については、英語での「自由作文」をやった時の子どもたちの反応にけっこう興味深いものがあったので紹介しておきましょう。字のうまさに自信を持っていない子どもほど、「活字化」は歓迎します。ただ、活字化をすることを前提にすると、絵と文字の位置など全体のデザインが自筆で書く時よりも制約を受けるので、ほとんどの子どもたちが、学年が上がるほど自筆で書くことを好むようになりました。そして、自筆で書いたものがみんなの目に触れる……という意識から、丁寧に文字を書こうと意識するようにもなりました。
 
自由作文を活字にするか、あえて自筆にこだわるか……という問題は、良い意味において「他者の目」/他者の存在をどのように意識させていくか……という問題とも深く係わっています。そして、活字化の長所と自筆にこだわることの長所は、それぞれにありますし、また、それぞれ欠点もあります。それらを意識した上で、子どもたちの現実に合わせて判断・選択するのが良いと思われます。


2009年04月10日(Fri)▲ページの先頭へ
フレネ教育の自由作文 8
「作品」としての自由作文 
  
自由作文は、書いたから完成……ということではなく、発表やコンフェランス、学習カードやアルバムなどへのアクセスも含めて考えれば、1人ひとりの子どもの表現過程であるということができます。けれども、書き上げられた時点で「作品」という意味もあるわけです。「作品」は、何らかの形で発表されれば(外に出れば)表現者と受け手の間をつなぐメディアとなります。特に、繰り返しその関係が成立する「場」においては、表現者の思いを、表現者の意図以上に受け手に伝えてしまう場合も出てきます。自由作文は、「作品」として「書き手」と他の子どもたち、「書き手」と教師の心をつないでいきます。
 
教師との関係、という事では、以前、私の塾でこんなことがありました。小学生の子どもに自由作文を書かせていた時の事ですが、ある時、自由作文に描かれた絵を見て、「おかしい」と感じ、彼のお父さんに連絡を取って、「作品」を見せながらその話をしました。家族の方でも気をつけていたところ、学校でいじめがあったことが分かり対処した結果、その子は元気になりました。日常的に積み重ねられてきているからこそ感じられる……これは、そのような例です。
 
これは、カウンセリングの過程にも似ています。周期的に話を聞いたり、箱庭を作ったり……といった形で、クライエントの表現をカウンセラーが受け止め続けることで、クライエントも意図していなかったり、意識として気付いてなかったりする思いや感情が明らかになっていきます。そして、クライエントがそれらに気付いたことで、新たな方向性が見えてきたり、可能性に気付いたりするのです。大まかに言えば、そんな自分自身の表現を通じて自分自身で気付いていくきっかけを与えながらクライエントの成長・成熟を促していくカウンセリングの過程と似ているのです。
 
子どもと教師の関係においては、教師の側が大人として意識的に受け止めながら、その表現に現れている子どもの変化に気付いていく、ということになるでしょう。それとは別に、子どもと子ども、子どもと子どもたちとの関係というものもあります。子どもは、必ずしも、教師/大人のように意識的に受け止める場合はそれ程多くないでしょうが、感性的・直感的・無意識的に受け止めることは、もしかすると大人以上に多いかも知れません。けれどもそれが、集団の中に穏やかな雰囲気を醸し出したり、安心感を育んだりしていくのではないか、と思われます。同時に、ある種の「傾向」を集団の中に徐々に形成していくことによって、その集団独自の文化、学級の文化を生み出すことにもつながっていくのです。「作品」を蓄積していく意味は、そんなところにあるのでしょう。


フレネ教育の自由作文 7
カリキュラムと自由作文 
 
ただ、実際に学級の場において、どのような形で「自由作文」を進めていくか……という点に関しては、現実のカリキュラムとの関係で工夫を要するところがあります。私がまだ「若手」だった頃に全国研究会等で報告された実践では、朝の会や国語の時間を中心に、学活や生活、総合といった時間を「自由作文」の時間にあてていたものが多かったように記憶しています。けれども、教育を政治(現政権)に利用しようとする姑息な教育行政によって教育実践の自由は年々多くの制限を受けるようになったり、やり難さや息苦しさを感じたりするようになってきています。そんな中で、「自由作文」の時間、書いたり発表したりする時間をどのように確保するか……は、実践するにあたって、学校や地域の状況の中でフレネ教師達が工夫を要するところです。
 
書く時間をきちんと学習時間の中で確保してあげられると一番良いのですが、子どもたち1人ひとりの早さも違いますし、また、同じ1人の子どもでも日や時間によって違ったりします。それに、教科の中で教科書を使って教えなければならない内容もそれなりにあります。そのため、「自由作文」を書くための十分な時間を授業の中だけで完全に確保することは難しく、どうしても指示した作業や練習問題が早く出来た時や教科外の休憩・自由時間、学校の時間外などに書いてもらうようにする場合が多くなってしまう現実があるようです。書く時間ばかりでなく、発表の時間の確保も同様に工夫が必要となります。その際に、同僚や管理職、家族などの説得に神経を使う場合も少なくないようです。が、それに対して、学習指導要領の国語の項目にあるコミュニケーションの指導として積極的に位置づける……という工夫を、教務主任をしているフレネ教育研究会のベテランの先生がレポートの中で報告してくれたりもしています。その意味では、それなりに工夫の余地もあるということです。
 
少し蛇足になるかも知れませんが、学習指導要領のコミュニケーション能力については、発信する側の視点が中心になっていて、受け止める側の視点は弱いようです。けれども、「自由作文」の実践は、発信する側だけではなく、受け止める側の「学び」にもつながっていますので、それが、「居場所」としての集団を作っていくということにもつながり、学級崩壊を防ぐちからになったりもしているのでしょう。そうした面も上手にアピールすれば、周りにも理解が得られやすくなるかも知れません。


2009年04月09日(Thu)▲ページの先頭へ
フレネ教育の自由作文 6
投票することの意味
 
 
私の行った英語の「自由作文」の実践では、前述の通り、だいたい月に一度のペースで、それぞれの自由作文をみんなで修正したり和訳したりして確認した後、自分の書いた枚数+1票で投票をし、その月の自由作文のbest作品を選出していました。投票は、すべての実践で行われているというわけではないようですが、やること自体がそれなりに意味を持っています。それは、他者からの評価と関わっているため、自分の作品としての「自由作文」の中に客観的な意識、視点を持ち込むことが自然に出来てくるということです。
 
学校の日常において、先生/大人からの評価は日常的に行われていますが、他の子どもからの評価が日常的に行われることはそれ程多くありません。けれども、「自由作文」を日常的に「選ぶ」活動を続けていけば、自然に他の子どもからの評価を日常化することが出来ます。そして、先生には評価されなくても他の子どもたちから高い評価を受ける場合も出てきます。他の子どもたちから高い評価を受けることは、子どもにとって、場合によっては先生や家族から評価されるよりも嬉しいことがありますし、自分が受け入れられているという安心感にもつながっていきます。また、数としては少なくても、思いがけない人から評価される場合もあり、それはたとえ結果としてBEST作品に選ばれなくても、自分を支持してくれた子への親近感がわき、心の交流につながっていく事もあります。投票は、それを目に見える形で子どもたちに示すことになるのです。
 
そうした投票の意味を私は理解していましたので、英語の自由作文において投票の導入は必然でした。ただ、学級とは異なる「塾」という場は、集団の人数がそれほど多くはない……ということと、一生懸命書いた「自由作文」は当然自分の作品に投票したくなる……ということも起こってくるだろうと考え、「出した枚数+1」「3票以上の権利を持つときは、一回に2票までは使って良い」という投票ルールにしました。1枚書けば2票、1ヵ月に3枚までという約束なので最高でも4票、そして自分の「作品」に投票する事もできるし、自分の「作品」だけに投票することはほとんどない環境になりました。子どもたちと同じように私も2票を持って投票に加わり、得票が同じはそのすべてを選出しました。
 
それぞれの「作品」は、子どもたちの評価が高いもの、子どもたちにも先生にも評価されたもの、子どもたちにはそれほどではなくても先生に選ばれたもの…といった様々な形の評価を受けました。それが穏やかな関係を作り、居心地の良い学習空間を形成していくのに思いの外役立ったのではないかと思っています。
 


2009年04月08日(Wed)▲ページの先頭へ
フレネ教育の自由作文 5
心をつなぐ自由作文 

私が以前にレポートした英語「自由作文」の実践でも、こんなことがありました。ある年の夏休み、1人の男の子が「夏休みの間だけ」ということで私の塾に入ってきました。隣の市に住んでいたのですが長いこと不登校になっていて、夏休みの間だけ市内の叔母さんの家から通うということになりました。
 
彼とは、その前に隣の市にあるとある喫茶店で一度だけ会ったことがありました。美術的な才能のある少年で、話をしているうちに彼が今とても興味を持っているアニメの話題になり、そのうちに彼は自分の書いたキャラクターの絵を私に見せてくれました。それはとても質の高い絵でしたが、私は笑顔を見せながらその絵の出来を賞賛しつつも、デッサンの狂いを指摘しました。それが、私に対する彼の信頼につながったようで、そうした経過もあって、彼は夏休みの間だけ、叔母の家から私の塾に通うことになったのです。
 
私の塾では、月に一度「英語の自由作文」の時間があり、毎月第3週までに、1〜3枚の英語の自由作文を皆が製作して持ち寄り、全員で全ての作品を和訳しあったり直しあったりして確認した後、自分の出した枚数プラス1回の挙手によって投票し、選ばれたものを塾の壁に貼り、年度末にまとめる「自由作文Best Selection」に入れる……という約束になっていました。
 
私の塾に入った以上、彼も否応なくそれに参加することになります。彼は、私の作った「自由作文の手引き」や「英和/和英辞典」を使いながら、1枚の英語の自由作文を完成させました。英文の内容は自己紹介でしたが、イラストとのバランスやイラストの絵が絶妙で、彼の作品は文句なしにその月のBestに選ばれました。
 
9月に入って、彼は自分の家に帰っていきましたが、しばらくしてお母さんから「2学期から学校に行き始めた」という連絡がありました。
 
フレネ技術としての「自由作文」については、学習の場において子どもたちの興味を深めたり広げたりしながら(「興味の集中」「興味の複合」)1人ひとりの学びや子どもたち相互の学びを進めていく面については、全国研究会のレポートや話し合いの中でも何度も扱われています。【学習材】として、子どもたち1人ひとりの学びや、子どもたち相互の学びに係わっている「自由作文」の姿は、それらのレポートや話し合いの中で明らかにされてきました。そうした「自由作文」の学習に係わる意識的・理性的な面も大切ですが、一方で、自由作文が感情・共感の面から子どもたちの心をつなぎ、1人ひとりの子どもの「居場所」としての集団をつくっていくための大きな役割を果たしていることについてはあまり注目されてこなかったように思われます。
 
実際、三重フレネ研究会の場でも「自由作文をやっていたから学級崩壊をしなかった」という報告や意見を何度か聞いたことがあります。先ほどの英語の「自由作文」の例でも、塾の皆に自分の作品としての「自由作文」が高い評価を受けたことがきっかけになり、自分の受け入れてもらえる「居場所」を実感できたことが支えとなり、新たな一歩を踏み出すことができたのではないかと考えられます。
 
また、関西の方の実践でも担任の先生が家族の都合でしばらく休み、代わりの先生が子どもたちも楽しみにしていた「自由作文」をしなくなったら(他の理由もあったらしいですが)子どもたちが荒れ始め、しばらくしてもとの先生が復帰して「自由作文」を再開したら子どもたちも穏やかになり、「代わりの先生に悪いことをした」という声が子どもたちの中から出てきた……という話も聞きました。「自由作文」がすべて……というつもりはありませんが、「自由作文」には、心をつなぎ、穏やかにしていく力があり、それが子どもたちの「居場所」づくりにつながっているのではないか、と思います。
 
三重フレネ研究会で発表される実践や全国研究会で報告される実践でも、「自由作文」が教師のみに向けて書かれているものは1つもありません。学級通信で取り上げられたり、クラスのみんなの前で発表したり……というような形で、必ず、「自由作文」が他の子どもたちに開かれているのです。そして、発表された「自由作文」に子どもたちが質問したり、投票によって「いいもの」をみんなで選んだりする場合も少なくありません。しかもそれは、運動会や文化祭などのイベントではなく、学級の中で日常的に行われます。その積み重ねが、お互いに理解し、共感し合える「場」としてのクラス/集団を育てていくことにつながっているのだろうと、私は理解しています。
 
その際に、絵やイラストが入っていたり、日常生活の生の言葉で語られたりする「自由作文」は、表現に子どもたちの感情を乗せやすいし、そのことがまた共感しやすくなる素地を作っているように感じます。構えずに表現できるから、良い意味で感情が出やすいし、よい意味で感情の出ている表現は親しみもわき、心を重ねやすくなります。そのことがまたお互いに共感しやすくなる条件を整え、安心して【自分】でいられる「場」作っていくことにもつながっているのでしょう。


フレネ教育の自由作文 4
書かない子に対して
 

フレネの「自由作文」は、本来、強制するものではありません。そのため、より原則に忠実な実践の形からすれば、書きたい子が書き、発表したい子が順に発表していく形をとります。けれども、「自由作文」の楽しさが浸透していくと、最初は書かなかった子どもたちも、1人、また1人と書き始め、発表をしていくようになります。
 
最初はしりごみしていた子たちも、教師や他の子に励まされ、書いてみる。やってみて、これで良いんだ……と実感できると、さらに次を書き始める。そういう姿を見る中で、他のしりごみしていた子もプレッシャーがやわらぎ、またその場の「書くのが楽しい」「発表が楽しい」という雰囲気に巻き込まれて、「書いてみよう」という気になっていく。そんな繰り返しの中で、クラス全員に広がっていく……というのが理想のイメージでしょう。
 
そのために必要なのは、教師にとって子どもたちの表現をしっかりと受け入れるキャパシティーと、じっくりと待つ姿勢です。個人的な感覚からすれば、それはカウンセリングの場におけるセラピスト(カウンセラー)の姿勢と共通しているように思われます。それまでの経験の中で表現に対して「うまくなければ…」などのプレッシャーを感じ、表現に枠をはめたり閉ざしたりしてきた子が「こんなのでも良いんだ ! 」と思えるような教師の反応や受け止め方、あるいは1週間でも1ヶ月でも待てる姿勢が、閉ざされていた子どもたちの表現を開いていくのです。
 
ただ、現実の実践においては、さまざまな時間的制約があり、特にじっくりと待つのは困難な場合が少なくないかもしれません。学校の現実やクラスの状況の中で、今の自分に可能なことが何なのかを見極めていくしかないでしょう。だから、「今の現実からすれば、完全に自由な形では無理だから、ある程度、順番に発表する形を取ろう」とか、「今の現状では1週間なら待てるから、ギリギリ、そこまでは待とう」ということで、現実にあわせて出来ること、続けられる形を取りながらその枠組みを少しずつ広げ、やがてははずしていくようにしていく方向で進めていけばいいと思います。
 
カウンセリング的な実感からすれば、自分に自信が持てず「自分」が揺れているような状況で「自由に…」と言われても戸惑ってしまうという場合は少なくありません。その際に、ある程度の枠を作ってあげたり、幾つかの選択肢を用意してその中から選ぶような形を取ることでやりやすくなる場合があります。自我が弱い時には、枠や選択肢を外から与えるという形でその弱さを支えてやることも有効なのです。そして、枠や選択肢に固執することなく、状況を見ながらそれを柔軟に変えたり取っ払ったりしていく。少しずつステップを積み重ねることで、やがて「自由」がプレッシャーではなく開放へとつながっていくようになり、自我も強化され成熟していくようになります。その意味において、最初から絶対にすべてが「自由」でなければならない……ということではありません。教師も子どもたちも、できることから少しずつ進めれば良いのです。


2009年04月07日(Tue)▲ページの先頭へ
フレネ教育の自由作文 3
作文と自由作文 
 
小学校で低学年の国語指導と関わっているよく分かるのですが、子どもの言葉の獲得に当たって、話し言葉を自由自在に操れるようになったからといって、書き言葉も同じように操れるようになる訳ではありません。特に、小学校1年生などは、話し言葉でのやりとりが、なかなか「作文」にはつながらないのです。ひらがなを覚え、多少は本を読めるようになっても、なかなか「作文」は書けません。ある程度訓練や体験を積み重ねないと、きちんとした文や文章が書けるようにはならないのです。だから、作文を書くにあたって、まずは苦手な子の傍に行き、その子と会話をしながら内容を引き出します。それをこちらが記憶した上で再現し、再現したものを「作文」として書かせるようなことをする場合があります。こうした例からも分かるように、話し言葉から書き言葉へと至るステップは、それ程簡単ではないのです。
 
国語の授業では、「遠足のこと」や「運動会が終わって」というような形で、テーマを設定して「作文」を書かせることがあります。それに対し、「自由作文」は、テーマを設定せずに自由に書かせるから「自由作文」なのでしょうか。もちろん、フレネ教育の「自由作文」は、テーマは自由です。でも、テーマが自由だから「自由」作文……というわけではありません。たとえば、国語の授業や夏休みの課題としての作文などでは「原稿用紙3枚以上」というような形で長さを設定することがあります。フレネ教育の自由作文は、そのようなこともありません。わずか数行……という場合だってありますし、それより短い場合でも、立派な「自由作文」となります。長さも自由なのです。
 
では、テーマも長さも自由だから、「自由作文」というのでしょうか。もちろん、そのような意味もあるでしょう。しかし、それだけにとどまらない深みがフレネ教育における「自由作文」にはあります。その辺りをもう少し丁寧に考えて見ましょう。
 
フレネ技術としての「自由作文」は、テーマも長さも自由です。それに加えて、必ずしも「文章のみ」に限定しておらず、絵が入っていたり、発表と関わっていたりします。発表をした後でクラスの仲間から質問され、それに対する受け答えを経て、さらに意欲を持って書き直すといった場合もあります。もちろん、個々の実践や学校や地域の条件によって多少なりとも実践の形は異なりますが、基本のイメージとしては、そのようなものだと考えて良いと思います。
 
岡本夏木は『ことばと発達』(岩波新書1985年)の中で、一次的ことば/二次的ことばという表現で話し言葉と書き言葉についての分析を行っていますが、書き言葉の獲得は認識や自我の確立の過程で大きな役割を果たすけれども、話し言葉の獲得から書き言葉の獲得への間には思いの外大きな困難が横たわっていることを指摘しています。文字を覚えても、簡単に文章が書けるようにはならないのです。
 
フレネ技術としての「自由作文」は、「長く書かなければいけない」というプレッシャーはありませんし、書きたいテーマについて好きなように書くことができます。それに加えて、イラストや発表の場でのやりとりによって、文章で表現されたこと以上の表現者の思いや感情を、自然な形で他の子どもたちや先生に伝えることも可能です。そうした意味において、話し言葉との間の垣根は、普通の「作文」よりもずっと低い構造になっていると言えるでしょう。それに発表という形での口語による「対話」が加わる場合も少なくないので、文章だけに限定するよりもずっと自然な形で思いを伝え、共感しあう事ができやすい構造になっているのです。
 
生活を言葉によって表現する教育実践として長い伝統を持っているものに日本の生活綴方の実践があります。生活を綴ることによって自分自身や周りの現実を見つめ直し、それを変えていくための力を身に付けようとしているものだ、と私は大まかに理解していますが、実践課程での言葉そのものへのこだわりがフレネの「自由作文」よりも強く、その分、リアルな認識を子どもたちに迫っていく形になるように思われます。
 
実際、きちんと文章を書き続けることは、自分自身をより深く見つめなおすことにもつながっていくために、自我の確立や深まりにとって大きな意味を持ちます。そうした意味において、生活綴方の実践は、子どもたちがしっかりと作文を書き、自分や周囲を見つめ直す体験を積み重ねていくことで、自立した民主的な自分を確立できるような教育実践の1つであると私は評価しています。
 
ただ、書くことを積み重ねて自分や周囲を見つめなおし続ける作業は、ある面ではとても意識的で理性的なものです。そのため、活動を支えるには、それなりの自我の強さも必要です。が、現在の日本の子どもたちの自我の弱さや脆さ(子どもたちだけではなく、大人の自我も弱く、脆くなっているような気がしないでもありませんが…)を考えると、その積み重ねはけっこう大変だろうという気がします。
 
一方、フレネ技術としての「自由作文」は、非常に感性的・直感的なところを大切にしている感じがあり、その入口では意外と子どもたち自身の感じるプレッシャーは少なくて、取り組みやすいような感触があります。そのことが、「自由作文」への意欲を引き出していくとともに、「自由作文」の過程が子どもたちの心をつなぎ、「居場所」を作ることにもつながっていきます。「自由作文」をすることで子どもたちの心が穏やかになり、クラスが子どもたちの「居場所」となった……という実践報告を聞く機会はけっこう多いのです。


2009年04月06日(Mon)▲ページの先頭へ
フレネ教育の自由作文 2
自由作文とは何か
 
フレネ教育について語る際に、まず、真っ先に語らなければならないのが「自由作文」だと私は思っています。私自身の、フレネ教育の精神を生かした実践……ということを考えて行った数学や社会の「自由ノート」や「英語の自由作文」なども、フレネ技術としての「自由作文」がなければ生まれませんでした。(ここで「フレネ技術」という書き方をしましたが、それは教師個人の個性や能力に依存する教育方法ではなく、その根本にある考え方を理解した上で使えば誰でも実践に応用できる方法を目指すという意図を持って「フレネ技術」という言葉を使っています。「自由作文」や「コンフェランス」(学習発表)「学校間通信」なども、この「フレネ技術」に入ると私は考えています。)小学校の現場以外で私が始めたことも、スタートは「自由作文」だったのです。
 
 
ところで、まず「自由作文」という言葉をここでポンと出した訳ですが、フレネ教育についてよく知っている人ならともかく、一般の人が見れば、当然、「自由作文」とは何か? それは普通の「作文」とどう違うのか? というような疑問が出てくるでしょう。
 
フレネ教育を生み出したセレスタン・フレネというフランスの教師の姿を伝える映画「緑の学校」では、散歩から帰ってきた子どもたちが発している言葉を、フレネがそのまま黒板に書き始めるシーンがあったと記憶しています。そこは、子どもたちの日常生活から生まれ、彼らの生の言葉をそのまま学習の場に使用して1人ひとりの学びにつなげていく「自由作文」の特徴をよく表している場面です。
 
それは同時に、とりあえず表現の質や正誤にこだわらず、子どもたちの表現をそのまま受け入れ、それを教師が教えるための道具ではなく、子どもたちみんなが学ぶための学習に皆で使っていきます。そこに、教師中心の「教材」ではなく、子ども中心の【学習材】としての「自由作文」の姿があるのです。
 
加えて、フランスのフレネ学校の場合でも、日本における各地の実践での場合でも、「自由作文」は、言葉だけの表現に限定しておらず、その文章の内容に関わっているかどうかは別にして、絵やイラストなどの表現も入っていることが多いのです。とは言っても、絵と文章の内容が絶対に関わっていなければならない「絵日記」と「自由作文」はまったく異なっています。【学習材】という言葉ともからめながら、もう少し「自由作文」について細かく見てみましょう。


2009年04月05日(Sun)▲ページの先頭へ
フレネ教育の自由作文 1
はじめに 
 
 
私がフレネ教育と出会ってから、20年以上が過ぎました。その間、フレネ教育の理論や実践に学びながら、私自身も教育現場でその発想を生かしながら実践を続けてきました。20代、30代の頃はそれが精一杯だったし、年齢的にそれでも良かったのですが、自分自身が50に手が届こうとする年齢になり、かつ研究会の場において若い先生たちと接する中で、以前のように自分の実践だけを考えて動くのではなく、後に続く人たちにバトンを渡す役割についても考えるようになりました。
 
その中で、今まで自分が接し、見つめ、子どもたちとの関わりの中で生かしてきたフレネ教育の技術を私なり見つめる時期が来ているように感じている自分に気付いたのです。そこで、自分自身の中での整理……という意味に加えて、不器用でも、手作りのバトンを1つ作ってみる意味を考えながら、フレネ教育について見つめ直し、語ってみたいと思い、この文章を書き始めました。
 
私がフレネを知ってから20年以上経った今でも、私の身の周りに「フレネ教育」を知っている人はそれ程多くありません。けれども、私がやっていることの様々な場面で「フレネ教育」の発想や技術が息づいているために、少しつっこんだ話をしようとすると、「フレネ教育」という言葉が口に出ます。すると、相手が「えっ?」という表情をすることが少なくないのです。
 
私はとりあえず、「『窓際のトットちゃん』という本に出てくるトモエ学園の校長先生がけっこう影響を受けている教育で、第一次世界大戦後フランスで始まり、現在は世界の20ヶ国以上で実践が行われている……」という説明を始めます。けれども、短い時間でフレネ教育を語りつくすことは不可能ですし、私自身の現在の経験や表現力でもってしても、わかりやすい言葉で「フレネ教育」を要約しきれません。それでも、やはり語り続けなければならない……という思いを、現在は若い時以上に強く感じるようになりました。
 
そうした思いが、この文章を書き始めるきっかけとなりました。十分にフレネ教育、特にその技術の基礎となっている【自由作文】を語れるかどうかは分かりませんが、私なりに精一杯努力をしていきたいと思います。最後までお付き合いいただければ幸いです。
 


2007年08月23日(Thu)▲ページの先頭へ
いじめ・不登校問題とフレネ教育 D
5、不登校・ひきこもりの問題とフレネ教育
  表現と「居場所」
   ・表現、そして「作品」へ
   ・表現から思いを受け止める
   ・居場所、そして関係作り
 
 
私は現在、《三重県登校拒否・不登校・ひきこもりを考える会》の世話役と、《伊勢志摩不登校ひきこもりを考える会》の事務局を6年以上続けています。その間に関わった事例の中で、天体観測とパソコンが趣味である当事者をお母さんがサポートして、星の観測会を開催したり、それと関わる「天文だより」を発行したり、といった活動を行ったりし始めた、というものがあります。最初、当事者は、他の人には直接では何も話せませんでした。が、観測会を重ねる中で、集まってくる人々に説明をするようになった、という事を聞いています。まだまだ「経済的自立」というところまでは行かないが、天体写真をカレンダーや本のしおりにして販売するなど、そちらにつながる可能性をもった方向に動いているようです。
 
まず、自分にあった表現を引き出し、それを多用な方向で「作品化」する過程で、他者に対しての回路を開いていく。そこで交流が深まっていけば、そこに本人の「居場所」ができるし、それをベースにして、新たな方向へ次の1歩を踏み出していく可能性も生まれてくる。この事例は、そういうことを教えてくれます。周囲の人々のサポートは、必ずしも十分であるとは言えない場合も少なくありません。それでも、様々な人や組織が、それぞれの立場ややり方で地道に関わり続ける事によって可能性は広がっていくのです。1人ではなく、ネットワークの中でお互いが支えあいながら状況を改善していけるように条件を整えていく事が出来れば、と思っています。
 
現在、月に1度のペースで伊勢志摩の会が、数ヶ月に1度か2度のペースで三重県の会が開催されています。そうした場において、家族の相談にのる際に、実は、フレネ教育でこれまで私が学んできたことがベースになって具体的なアドバイスが可能となっています。そのポイントは、本人の表現を引き出すこと、家族や本人の思いをきちんと受け止めることであり、表現の過程を通して、本人の自我の確立を強固なものにし、それを土台(自信)として新たなステップを踏み出す力をつける事です。
 
中でも、不登校ひきこもり問題への対応に際してもっとも大切なのは、思いを受け止める心の姿勢だと考えています。そしてそれが、対個人の段階に留まらず、より多くの人に共有されていけば状況は改善へと向かいます。1人ではなく様々な立場の人が協力し合いながら環境を改善していこうとすることが大切なのです。
 
もちろん、不登校・ひきこもりの現場は、学校でフレネ教育の実践を行う場合とはかなり条件が異なってはいます。それでも、関係を豊かにし、1人ひとりの自立を目指していくという点において、共通する部分は確かにあるのです。
 
また、本人および家族を孤立から救い、支えていけるような「場」や関係づくりも大切だと考えています。学校現場のフレネ実践を仲間と共に考え、実践していく過程で私の意識の中で形になっていったものが、不登校・ひきこもりの問題や外国人の日本語教育の問題に関わるようになった現在の私のスタンスを定め、問題に取り組んでいく際の土台・力となっているのです。
 
「場」や関係づくりを進めるという発想は、私が今までのフレネ教育との関わりの中で全国の仲間と共に育ててきたものです。それが今、学校教育の枠組みを越えた「教育」現場でも実践的に役立っていると実感できるようになってきています。不登校・ひきこもり、外国人の日本語教育といった重い問題と関わりながらも、私が現場にとどまり続けていられるのは、フレネ教育と共に歩みを進める仲間たちがいるからなのです。
 
表現や思いを受け止めてもらえるような関係の支えがあってこそ、人は行動する勇気とエネルギーを高めていくことができます。様々な表現や文化を生み出していったフレネ教育の実践も、一人ひとりがその集団や指導者を信頼していてこそ生まれ、深まっていくものだと私は分析しています。私自身のことをふりかえってみても、フレネ教育研究会や三重フレネ研究会という「場」があり、その仲間たちの支えがあったからこそ、現在の私があると実感しています。そのような関係が「学校」という枠組みを超えたところでもいろいろな形で作られていけば、不登校・ひきこもりに限らず、様々な問題を解決するための大きなステップになっていくのではないでしょうか。
 
不登校・ひきこもりの問題は、ある意味では学校教育以上に長いスパンで取り組む覚悟が必要で、しかも1つひとつの事例がそれぞれ独自の条件や制約を持っています。けれでも、今の日本の現実からすれば、それから目を背けたり、その現実にふたをしたりすることはできない大きな問題なのです。それでも、きちんと現実を見つめ地道な取り組みを続けることで状況は変化していきます。それは、個々の事例でも言えることだし、不登校・ひきこもりの問題が提示するものを社会全体がきちんと受け止めることによって少しずつ矛盾を解決する方向が見えてくるように思われるのです。
 
私がこれまでフレネ教育から学んできたものを大切にしながら、これからも地道に努力を続けていきたいものです。
 
                                   〔完〕
 


2007年08月22日(Wed)▲ページの先頭へ
いじめ・不登校問題とフレネ教育 C
4、どう関わっていくか
  子どもの自立が目的
   ・自信の回復
   ・受け止めてもらえる人、「居場所」
   ・スキルとしての人間関係の結び方
   ・1人で抱え込まず、協力していく体制を
 
 
三重県登校拒否・不登校・ひきこもりを考える会の例会などで、時々、ビジョンとステップの話をすることがあります。ビジョンとは、中・長期的な目標、ステップとはそれを実現するための短期的な目標です。特にステップは、今の現実の上に立って、毎日続けられる努力の積み重ねによって実現できるのではないかと考えられるものであり、「お父さんに『おはよう』と挨拶する」などという短期目標を立てることもあります。難しすぎる場合は現状を確認しながら「お父さんと一緒の部屋で1分以上は過ごせるようにする」などに変更することもあったりします。
 
では、ビジョンは? という事になると、実は、必ずしも高校に入学することが大切なのではなく、自分の暮らす地域でそれなりに働き、家族と共に暮らしていければ良い、ということになるのではないでしょうか。それなりに収入を得る腕や技術を身に付け、全ての人ではなく、自分の周囲の関係ある人々とのコミュニケーションが普通に出来ればそれなりに生きていけるわけですから、そうした「自立」を目標に努力を重ねれば良い…ということになるでしょう。
 
その際、カギを握るのが「自信」ということになります。自己実現の過程として本人が意識している確信的なひきこもりを除いた多くのひきこもりの事例や、それなりにサポート体制がある高校に通い始めた不登校経験者の事例において、対人関係に不安を抱えている場合が少なからず見受けられます。そして今までの経験上、その奥には、自分に対する自信のなさが隠れている場合が多いのです。だから、本当の意味で自信をつけていくようにサポートしていく事が大切になります。
 
特に、本人の年齢が学齢である場合は、学校の存在や学校との関係がプレッシャーになっていることが少なからずあり、その拘りをほぐしていく為に「学力」面でのサポートが精神を安定させるという心理的側面からのアプローチも有効になったりもします。実際に、個別で数学を教え始めたら理解できてプリント等でも8割から9割の正答率を誇るようになり、それが自信になって推薦ではなく数学のある一般で受験し、見事合格して、今では毎日元気に高校生活を送っているような事例もあります。
 
ただ、不登校問題で文部科学省の研究指定を受けている公立高校の先生たちと研究発表会の時に離したりもしているのですが、不登校の経験を乗り越えて高校に通っていても、対人関係を結ぶ場面での不安や問題を抱えている子どもたちは多いようです。それは、ある意味では当然でしょう。だから、挨拶とその意味や対人関係上の役割などを「スキル」として教えるようなことがあっても良いのではないか…という提案をしたりもしています。それと合わせて、子どもたちが安心して生活できる「居場所」づくりや、「作品」を他の生徒を含めた多くの人々の目に触れるところに置き、それを楽しんでもらったり、喜んで使ってもらったりすることを通して自信や受け入れられているという実感を培っていくようなサポートも大切にしていけば良いのではないか…といった話もしています。
 
先日の報道によれば、不登校が調査で増加に転じたとの事で、中日新聞から電話インタビューを受けました。それに対して、教育基本法の改悪をゴリ押ししても未だに30人学級を全国規模で実現できていない教育行政の貧困やホワイトカラー・エグゼンプションやパート・人材派遣の規制緩和によって労働環境を悪化させ、結果として家庭にまとまった子どものケアの時間を物理的にうばっているという間違った「改革」の問題点を指摘しておきましたが、その構造を分析しても個々のケースの具体的な対応に際してはあまり意味がありません。ただ、問題を放置しておけば、家族や社会、そして当事者自身にとっても大きな負担となるが、適切に対応・サポートできれば、彼らは、場合によっては普通の人以上に社会や地域に大きな貢献をする可能性を秘めていることはきちんと意識しておく必要はあるでしょう。
 
教師として、家族や周囲の大人としてできることは、基本的には環境を整えることになろうかと思います。例えば、07年夏のフレネ教育研究会の場では、母親の過敏すぎる対応が周りの子どもたちや家族との距離を開いているのではないか…といった事例もでましたが、そうした母親の反応自体にも、彼女の孤立…という現実が存在するように思われます。だから、話を聞く場を設定したり、話をきちんと聞ける人を紹介するような形で彼女の孤立感を和らげ、その上で一緒に出来ることを考えていく方向での対応などがあることを話しました。それによって母親や家族が精神的に安定してくれば、当事者の日常の環境が少しずつ変化することにつながり、改善のきっかけをつかめるようになるかもしれないからです。
 
母親や担任教師が1人で抱え込む…ということは環境を悪化させると共に、抱え込んだ母親や教師の精神をも追い詰めていきます。それを避けるために、いろいろな立場から関わり、協力体制を作っていくことが大切だろうと思います。
 


2007年08月21日(Tue)▲ページの先頭へ
いじめ・不登校問題とフレネ教育 B
3、不登校・ひきこもりについて
  なぜ、そうなってしまったのか…よりも、これからどうするか
   ・当事者の心、当事者の思い
   ・周囲の子どもたちの姿勢
   ・家族の姿勢、大人の対応
 
 
今度は、不登校や学齢時のひきこもりについても考えてみましょう。
 
家族の目からすれば、突然、子どもが不登校になったり、ひきこもってしまったりした時、驚くと同時に、怒りを覚えたりするでしょう。そして「なぜ、ウチの子が…」という思いにとらわれるのがほとんどです。そして「原因」や「理由」を、子どもの口から直接聞きだそうとします。それを子どもから聞けなかったり、聞いても納得できるような答えではなかったりすると、とにかく、無理やり子どもを学校へ引っ張っていこうとするような場合もあります。そうした反応は、ある意味ではごく普通であり、一般的にも理解できるものです。
 
けれども、当事者の子どもにとってはどうか。ある意味では、すっとそれを話せるならば簡単です。それが出来ないからこそ苦しんでいるのです。なぜ、子どもの口が重いのか。いじめなどのきっかけの場合は、子ども自身がそれを認めたくない…というプライドの問題があって話せない場合があります。それから、子ども自身にも「原因」や「理由」が分からない場合もあります。後者の場合は特に、様々な要因が重なって、学校や学級が本人にとって安心して生活できる「場」ではなくなってしまったので、原因がはっきりしている場合よりも対応は難しくなるでしょう。
 
周囲の子どもたちとしても対応はけっこう難しくなります。遊ぶことが多かったけっこう仲の良い子どもであっても、誘いに行っても断られたり、電話をしても話が出来なかったりすると、その後、どう対応して良いかが分からなくなります。その繰り返しの中で離れていく子どももいるでしょうが、それでもなお気にかけている子であっても、積極的に関わるのには躊躇してしまうようなことも起こります。そうなってしまうと、お互いに以前の状態に戻るきっかけを見失ってしまうのです。
 
では、子どもよりも精神的には安定していて人生経験も豊富なはずの大人はどうでしょうか。実は、家族が「なぜ、ウチの子が…」という思いにとらわれ、「犯人探し」を行い、とにかく「学校に行く」ことを目的化して子どもを追い込んでしまうような反応などは、子どもの「現実」を受け入れていない状態と言えるでしょう。
 
大人ではあっても、癌の告知など、今まで当たり前と思っていた日常を否定するような「現実」を突きつけられた時、多くの人が混乱し、荒れ、周りの人やものにあたる状態に陥ります。当然、そのような反応をしても「現実」が簡単に変わるわけではありませんので、「絶望」や「自暴自棄」の状態になってしまうこともあるでしょう。けれども、「現実」を受け入れられるようになると、少しずつ、「今、自分ができること」が見えてくるようになります。そして、「自分ができること」を少しずつ積み重ねるなかで「現実」にも変化が生じてくるようになるのです。
 
不登校・ひきこもりの相談の現場では、まず、母親が…という形が非常に多いです。「子どもの教育」は母親の責任…という暗黙の了解、というか言葉にはなっていない影の役割分担、は割合としてもかなり多く、母親がまず「子どもの不登校」や「子どものひきこもり」という現実をつきつけられることになります。で、他の家族は…というと、父親や祖父母なども「お前の育て方が悪いから」という言葉で母親を「犯人」にしてしまうことも多いのです。で、母親は孤立し、責められ続けます。そして、自分自身も、本来の役割以上に「責任」を感じて、精神的に深く傷ついてしまうことも多いようです。
 
でも、冷静に考えれば、すべての「責任」が母親にあるはずはないのです。子どもを育てる責任は家族全員が負うべきものだし、学校が子どもたちすべての「居場所」になっているかという点から考えれば、教師の責任や学校の責任、教育委員会や文部科学行政の責任なども当然出てくるはずです。「犯人探し」は、そうした責任をごまかすことにもなりかねませんので、結果として責任逃れに通じるような「犯人探し」をするくらいなら、そんなものはしない方が良いのです。それよりも、子どもの現状を改善していくためにそれぞれの立場で何が出来るかを真剣に考え、おたがいに協力し合いながら努力を積み重ねることの方がずっと大切であるといえるでしょう。
 


2007年08月20日(Mon)▲ページの先頭へ
いじめ・不登校問題とフレネ教育 A
2、いじめと不登校
  不登校のきっかけとしてのいじめ
   ・いじめが不登校の直接の引き金になることも少なくない
   ・ある事例から
 
 
さて、私は伊勢志摩不登校ひきこもりを考える会の事務局と三重県登校拒否・不登校・ひきこもりを考える会の創立から関わっている世話人をしています。また、その関係で、昨年末からいじめ電話相談ネットワークの一員にも名を連ねています。不登校やひきこもりの問題と、会が発足してから数えただけでも6年以上も関わっていることになります。実際は、大学の卒業論文で夜間中学を取り上げ2週間に一度は大阪の夜間中学に通っていた時期もありますから、当時の夜間中学には既に登校拒否・不登校の経験者がいましたし、また、後に不登校の子どもの学習支援に関わっていたこともあり、それも考え合わせれば20年以上の関わりになります。
 
そして、その関わりの中で聞いてきた相談を振り返ってみると、いじめが不登校やひきこもりの引き金になることも少なくありません。詳しく話す事は出来ませんが、プライバシー等も考慮した上で、簡単に事例をあげておきましょう。
 
ある高校で、1人の生徒がいじめられました。1度や2度のことではなく、長引いたので、やがて家族にもわかりました。中学校からの友達も心配して声をかけてくれたようです。もちろん、家族は学校に訴えたのですが、簡単には解決しません。結局、その生徒は学校に行かなくなりました。ご両親の話では、中学校の先生方が支えてくれてはいたようですが、高校の担任の先生の動きは鈍く、学校長は体面を気にするだけで、いじめられた子の立場に立って話を聞く姿勢は見られず、その生徒は家族とも相談して退学するという選択をしました。
 
しかし、家族は彼を理解し、支え続けました。半年ほどして知人の紹介でアルバイトをはじめました。すべての時間ではないにしても中学時代の友人も一緒でしたし、何よりも職場で可愛がられたようで、次第にアルバイトの時間も長くなり、バイト先の先輩と遊びに行ったり、その先輩のところに泊まったりもするようになって元気を取り戻しました。そして、アルバイトでお金をためて、そのお金で自分の好きな専門学校に行く…という目標を持つようになりました。現在は、その目標通りに、アルバイトをしながらその学校に通っているようです。
 
別の例では、もともと積極的な性格ではなく、授業中に先生に指名されても聞き取れないような声でしか返事が出来なかった子が、普段から周囲の生徒にからかわれつつも何とか学校に通っていたところ、突然、学級委員に指名されて授業の前後での号令をかけなければならなくなり、その度ごとに、クラスメートから「声が小さい」などと文句を言われたりして、やがて学校にも出られなくなってしまいました。
 
こちらの事例では、深く関わることが出来なかったので、その後のことは分かりません。小さないじめでも重なってくればやがて耐えられなくなります。それに、いじめがエスカレートすると身の危険も感じるようなこともありますので、自分を守るためには本人の主観からすれば不登校が唯一かつ最善の選択となる場合があるのです。
 
不登校の事例に、100%いじめが関わっているとは言えないでしょうが、直接の引き金ではなくても、いじめによってクラスが安心して学習や生活のできる【居場所】ではなくなる要因が増えてしまう…ということはあります。安心して自分自身でいられる【居場所】かどうか、という点は、その場の1人ひとりとの関係の問題と大きく関わっているのです。
 


2007年08月19日(Sun)▲ページの先頭へ
いじめ・不登校問題とフレネ教育 @
はじめに
 いじめと不登校・ひきこもり……人間関係を結ぶ力の弱さ
  ・犯人探しで責任を押し付けあうよりも、どう改善していくかが大切
 
 
近年、子どもたちの間の【いじめ】がニュースで取り上げられ、学校現場での【いじめ】やそれに関わっての自殺が大変な問題になっています。また、先日の調査(8/10中日新聞06年度で126,764人/前年度より4,000人以上増加)で、不登校が増加に転じたというニュースもありました。
 
2つの現象は、一見するとまったく別のものに思えますが、人間関係を結ぶ力の問題として考えてみると、その増加は、関係を結ぶ力の弱さという共通の現実があり、それが別々の現れ方をしているのではないかと考えられます。
 
相手との関係を言葉や行動を通して友好的にしていくためには、周りに流されずにある程度自分の意思をしっかり持ってそれを上手に伝えられる力と、相手の思いや立場を理解してそれを受け止めながら、自分の思いとのすりあわせを行い、調整していく力が必要です。ところが、そうした関係を結ぶ力が弱くなっていることにより、感情の暴走によって生じる攻撃性が【いじめ】という形で外部に向かったり、【不登校】【ひきこもり】といった形で自分のうちに向かったりするのではないかと考えられるのです。
 
今回は、【関係】を結ぶ、という視点からいじめや不登校・ひきこもりの問題を考えてみようと思います。
 
 
 
1、いじめを考える。
  心の弱さとしてのいじめ
   ・子どもだけの問題ではない
   ・心の弱い人間が、自分と周りをごまかそうとしていじめに走る
   ・「犯人探し」よりも、成長のための「事件」に
 
 
いじめは、1人ひとりの人間の心の弱さが根本の原因です。特に、心が弱い人間ほど、自分よりも弱いと考えている相手をストレスや些細な理由でいじめます。そして、それによって、自分の弱さを他者の目からも、自分自身の目からもごまかしているのです。学校現場でのいじめやそれが引き金となった自殺は新聞でも大きく取り上げられていますが、実は大人の社会でももっと陰湿で深刻ないじめがたくさんあります。1998年以降、日本の自殺者はずっと三万人を超えています。労働現場でのいじめが人々を追い詰め、ウツや自殺にまで至ってしまうケースが非常に多いのです。上の立場にいる人からいじめや無理難題の押し付けをパワー・ハラスメント(パワ・ハラ)と言いますが、本当に上司としての能力がある人間ならば、部下が困っていたり行き詰っていたりする際には、その改善策を提示するか、助言できる人間を紹介してサポートしてあげられる筈なのです。けれども、実はそうした能力の無い人間は、本当は弱いから、権力によって相手を追い込み、成功の結果だけを自分の手柄にしようとするのです。
 
もちろん、そんなごまかしは、本当に心が強い人には通じず、見破られてしまいます。その意味で、本当に心が強い人はいじめなどしません。その必要がないからです。でも、ご存知のように、本当に精神的に強い人はなかなかいません。だから、いじめはなかなかなくならず、いつでも、どこでも子どもだけではなく大人の世界でも起こり得るものなのです。
 
特に、子どもの時期は、精神的に充分に成長しておらず、ちょっとしたきっかけでいじめが始まり、それが一気に暴走してしまう場合がままあります。ただ、あくまでも成長途上ですから、それを、大人の関わりによって1つの、単なる一過性の「事件」にしてしまい、関係した子どもたち1人ひとりの心を強くし、成長させていくための【良い経験】にしていくことが大切なのではないでしょうか。
 
事実関係を可能な限り明確にし、原因をある程度はっきりさせる必要はあるでしょう。けれども、それを「犯人探し」に終わらせてしまっては、絶対に子どもたち1人ひとりの【良い経験】にはできません。大人としての責任の取り方…はある程度必要でしょうが、それよりも子どもたちのために関係者が協力し合って【未来】を考える契機にしていくことの方が大切ではないかと思います。
 


2007年07月16日(Mon)▲ページの先頭へ
ことばを育てるために
ことばを育てるということを考えると、つい作文や発表、発言について「教える」ことを想像してしまう。しかし、実際に子どもたちと接し、関わりを深めていくと、それに対する疑問が湧いてくる。思えば、子どもの頃、本を読むのは好きでも、その本についての感想文を書かされるとなると途端にやる気を無くし、途方に暮れるということを何度も経験した。それが私の受けてきた「ことばの教育」だった。
 
それなのに、教える立場に立った途端、それと気付かずに子どもに同じようなことを強制している時がある。ことばを使わせることを強制して、ワクにはめこみ、「教えた」つもりになってしまうのである。こんな時はたいてい、良い作品も少なくなり、結局子どものせいにして逃げてしまうか、自分の力のなさに失望して途方にくれてしまうかのどちらかである。そして、そんなことの繰り返しの中で作文が罰則か何かのようになってしまい、子どもたちから学ぶことの「楽しさ」を奪ってしまうのである。
 
ところが、ひとたび強制する「教え方」から脱しようとし始めると、子どもたちの表現が変わってくる。硬かった表情がほころび、多様な表現が飛び出してくるのである。多様な表現活動の中で子どもたちの生活が、集団が、そして表現が変わってくる。まさしくことばと生活が深く関わりながら変化してくるのである。しかし、それが「国語」の授業の中で行われるかというと、必ずしもそうとは言えないのである。
 
学校教育においては、ことばの教育イコール国語教育と考えられている場合が少なくない。しかも、その場合の国語教育は、書きことばと不特定多数に対して話すことばを育てることを中心にして進められる場合がほとんどである。もちろん、そういったことばの教育の重要性を否定するつもりはないし、子どもたちの状況や発達段階に応じてそれらの発達を促していくような教育は絶対に必要である。しかし、少なくとも、現状のような形での国語教育=ことばの教育では問題があると言わざるを得ない。
 
例えば、表現の仕方、あるいは1つの作品に対する読み取り方を、授業の中で強制するような場合がある。「正解」という名の下に…。そのような「学習」の積み重ねを通して子どもたちの他愛ないが素直なことばが歪められ、沈黙させられていく。岡本夏木氏は、『子どもとことば』という著作の中で「概念のステレオタイプ化や慣習化」という言い方をしているが、それは、このような事をさしているのだろう。
 
この「概念のステレオタイプ化や慣習化」の傾向は、最近、以前よりも進んでいるように感じられるのは私の気のせいだろうか。テレビやファミコン、塾やお稽古事に追われて子どもたちの日常生活は非常にパターン化した味気無いものになっている場合が少なくない。感動的な体験もないまま刷り込まれるコトバ、言葉、ことば。一瞬のイメージだけが頭の中を通り過ぎ、やがては歪められ、忘れ去られていく。氾濫する言葉の中には、すでに言魂信仰のあった時代の重みや実感は失われ、シャボン球のように流行の風に流され、漂っている。子どもたちの生きることと密着していたことばから、次第にその生命力が失われていこうとしているのである。学校でも、そして家庭でも…。
 
岡本夏木氏は、『子どもとことば』や『ことばと発達』といった書物の中で、学校での言語教育が「2次的ことば」の習熟に重きを置き過ぎるあまり、生育の過程と深く関わる「1次的ことば」を圧迫し、かえって子どもたちのことばの熟成を疎外する危険性があることを指摘している。そして、その危険性を克服してことばを育てる実践を展開するための指針として次の5つを上げている。@新鮮な経験と獲得したものを現実の場に再適用する機会の創出。A言語を美的表現の手段として工夫し、創造を楽しむ機会の充実。B特定の相手を意識した「1次的ことば」を使用する経験を豊かにする。Cことば以外の表現の動機づけ。D国語以外の教科も含めた広い意味での言語教育の創出。いずれもことばを育てる上でたいへん重要なことだと思う。
 
これらの点に対して戦前の日本で生まれ、実践されている教育実践の中で、1つの解答を与えてくれそうなものがある。それは生活綴方の教育実践である。
 
生活綴方の教育は、生活現実に目を向け、それを文章化する活動の中で自らの生活をとらえ直していくというものであるが、その中に「概念くだき」というものがある。慣習化し、ステレオタイプ化した概念を深く生活を見つめ直す中でとらえ直し、より深めていく過程である。しかし、現在の教育実践の中でわたしが注目したいのは生活綴方ではなく、フレネ教育である。
 
このフレネ教育と生活綴方とは、生活を表現することから出発するという共通点を持っている。しかし、フレネ教育では生活綴方とは異なり、あえて文章表現に限定する形で出発していない。例えば、フレネ教育における「自由作文」は、一応「作文」と訳されてはいるが、その中に絵が入っていたり、あるいはクラスや学校全体という場での発表としう活動と深く結びついたりしている「作文」である。そしてその「自由作文」は、子どもの日常生活や興味から出発し、発表の場での質問や意見交換を通して深められ、様々な学習へとつながっていく。「自由作文」1つを考えてみても、フレネ教育は、国語という枠組みの中に閉じ込めきれない広がりを持っているのである。
 
自由作文、発表会(コンフェランス)、絵本づくり…。フレネ教育の実践ではさまざまな生活が、様々な方法で表現され、印刷されて、教室に残り、学校間通信を通して、ほかの学校にまでも広がっていく。…もちろん、日本の現場においてそれらすべてをそのままの形で導入できたような例はそう多くはない。それほどまでに日本の学校現場では時間的、空間的、方法的そして教師自身の精神的なゆとりや自由は奪われているのである。
 
それでも、フレネを知ったことで私自身の子どもに対する見方や、子どもを見つめるまなざしは変わった。今までよりもゆとりを持って彼等を見つめ、今までよりも少しだけ長く彼等の活動を待ってやれるようになった。そして、それが私自身の「ことばを教えること」を問い直すきっかけにもなったのである。
 
「自由作文」についてもう少し詳しく見ながらこの点についてさらに検討してみよう。 
「自由作文」の大きな特徴の1つに絵の存在がある。時にはこの絵が文章以上の「ことば」を伝え、子どもどうしのコミニュケーションを引き出す。この絵が、美的表現としてのことばを引き立たせ、表現の幅を広げていく。それが「国語」という教科の鎖を断ち切るための第1歩となってくるのである。
 
また、内容を理解する、あるいは、内容に共感するという過程を考えるに当たっても、絵の持つ意味は大きい。理解するという活動において、表現された内容をどのようにして頭の中でイメージ化するかということが非常に大切である。ことばに絵が加わるということはイメージ化という点で明らかにプラスの効果を期待できるだろう。
 
それから、先にも述べたが、「自由作文」の内容は、子どもたちの生活から出発する。興味や関心が深いテーマの場合は、より深い追及がなされ、ついには理科や社会の教科に関連するテキストにまで発展していく場合もある。学習の展開にワクがないので、自由な発展が可能なのである。
 
また「自由作文」は、実践の展開の中で発表と深く結び付いている。それが、子どもたちの間のコミニュケーションを活発にする一方で、自らの学びや表現のテーマを深めるきっかけとしても作用する。また、友だちの発表に対して質問をしたり意見を述べたりする機会を通して、学習意欲や表現意欲に火がつくこともある。「自由作文」を書くことから始まる、発表、良い作品を自分たちの手で選ぶ活動、そして印刷(活字化)の過程の全てが1人ひとりの子どものことばを含めた様々な学習そのものとなっているのである。
 
この発表から印刷(活字化)までの過程はまた、「2次的ことば」の発達とも関わりを持っている。「2次的ことば」は、その表現の客観化ということが大きな意味を持つが、私のささやかな実践を振り返ってみると、活字化するだけでも、それを書いた子どもにとってずっと客観化がしやすくなったという事例が多数存在する。自分の主観的な表現をある程度客観化できるということの持つ意味は、「2次的ことば」の発達の面から考えて、非常に大きなものとなるだろう。
 
しかし、それに劣らず重要な点が他にもある。それは、「1次的ことば」と 「2次的ことば」相互の繋がりについてである。「自由作文」を書く活動は、子どもたち1人ひとりの生活に根ざしていることから「1次的ことば」と深い関わりを持つが、それが、先に述べた活字化の過程で「二次的ことば」が関わり合う場を設定することになるのである。そして、発表とそれに対する質問意見を言い合う時間は、特定の相手を意識したコミニュケーションの機会にも、クラスという範囲の人数を意識したコミニュケーションの機会にもなっている。さらに発表の場で絵や自分たちで作った作品が示されることもあり、その他のことば以外の表現が出てくる場合もあって、多様な表現を生み出し、また、成長させていく。このような活動を通して子どもたちは表現を磨き、それをより一般的なものとして成立させていくのだが、それはまた、子どもたち1人ひとりのことばが育つ土壌を豊かにすることにもなっているのである。
 
こうして見てみると、一連の学習活動の展開そのものが、ことばを育てるための様々な機会として機能していることがわかる。しかし、それよりも大事なことは、その活動がまさに子どもたちの生活と関わりを持ち、生活を変えていく力を持っていることである。学習活動が1人ひとりの子どもの生活に還元され、生活そのものにあらためて目を向け、それを変革していくきっかけとしても機能する。つまりそれは単なる「言語教育」を越える大きな広がりを持っているのである。そして、その広がりはまた、ことばを育てる土壌の広がりでもある。ことばを育てることは生活を育てることであり、生活を育てることはことばを育てることなのである。
 
最近、社会生活の中で、ことばは次第に重みを失い、軽薄に流れていく風潮が強い。そんな中で、重みを持った豊かなことばを育てることの重要性は一層増してきている。だがそれは、生き生きとした経験を伴う豊かな生活(物質的・金銭的にではなく)の土台なしには有り得ない。ことばを育てるためには生活を育てること抜きには考えられない。そしてフレネ教育は実践的にその力を持った教育である。豊かなことばを育てるために、ことばじりにとらわれない豊かな生活教育を追及していきたいと思う。


 参考文献
     岡本夏木 著 『子どもとことば』 岩波新書179
            『ことばと発達』  岩波新書289


   


【サークルぼちぼちいこか/伊勢志摩不登校ひきこもりを考える会】は、事務局の浜口が、【三重県登校拒否・不登校・ひきこもりを考える会】(三重県・考える会)の世話役をしていたところ、「伊勢志摩にも家族会を!!」という声が上がったため作られたものです。


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浜口 拓/志摩市志摩町片田で小中高15校20年の経験とフレネ教育やカウンセリングの知識を生かした《浜口塾》を開いています。教育相談にも応じます。また文学活動などもしています。よろしければ【TAC雑想記】 【TAC文芸樹】のblogも覗いて下さい。

カレンダ
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