教育

サークルぼちぼちいこか/伊勢志摩不登校ひきこもりを考える会




2010年08月03日(Tue)▲ページの先頭へ
学習へのアプローチ 〜覚えることと練習〜C
理解することと練習 
 
それから、練習から入って理解していくタイプや、理解しないと練習する意欲がわかないタイプなど、子どもたちにはいろいろなタイプがあります。そして、理解して納得しないとエンジンがかからないタイプの場合は、最初は時間がかかっても理解するまできちんとつきあってあげる方が、結果としては早く出来るようになります。
 
また、練習をていねいにすることが理解につながっていきます。例えば、方程式や式の計算などの計算問題などは、途中の式をていねいに書くことで間違いが少なくなり、理解がはやくなります。すぐに「わからない」とか「できない」と言ってくる子のほとんどは、そうした途中の式を書かずに、いきなり答えをだそうとする場合がほとんどです。暗算は確かに大事ですが、例えば連立方程式などは、中学や高校で10年以上数学を教えたことのある私でも計算ミスをすることがあります。正確に計算しようとすれば、暗算でやるよりも途中の式をていねいに書いてやった方が、結局は速く、しかも正確であることも少なくないのです。
 
計算の途中の式などをていねいに書くように言うと「ややこしい」あるいは「うざい」などと言ってくる子がいます。それでも、ていねいに書いて理解が進み、出来るようになってくると、そんな言葉はほとんど出なくなります。それに、ていねいに書いていると、ミスをした時にどこで間違ったかが見直しで発見しやすくなり、それがまた理解や覚えることにつながっていきます。そして、八割がたミスをしなくなった段階で、「少し省略しても良いよ」という風に言ってやるようにすると、ミスが多い時はきちんと理解していない、あるいは定着していないということだから、途中をていねいに書くことが大切だ、ということが身についていきます。
 
学習指導の際に、よく言う言葉があります。「勉強ってのは、けっこう、うっとうしいものなんや」ということと「ものごとは、ある程度は苦労せんと身につかへんよ」ということです。だから、子どもたちが英語の意味を聞いてきても、「まず、辞書で調べなさい。そこまでは君たちの仕事。でも、そこからは教えてあげるよ」と言って、まず英和辞典をひかせます。実際、様々な意味がある単語の場合だとか、熟語になっている場合などは、記述(意味)が多すぎて、ちょっと見ただけでは判断できないこともありますから、自分で調べた上で説明してもらう方が、辞書の使い方が身に付くということも含めて、理解しやすくなるのです。加えて、「辞書を調べるのはうっとうしいから、単語を覚えるしかない」ということになれば、英単語を覚えることにそれまで以上に努力をするし、そうやって英単語をたくさん覚えていくと英語に対する理解も深まっていきます。ある程度単語を覚え理解が深まった時点で、act(動詞/行動する)、actor(名詞/俳優)、action(名詞/行動・活動)、active(形容詞/活動的な)、actively(副詞/活動的に)といった関連を教えてあげると、理解も深まり、単語も覚えやすくなり、学習も進んでいきます。
 
このように、覚えることと理解することと練習することはそれぞれが深く関わっています。だから、学習する者のタイプを見極めながら、それぞれをバランスよく進めていくことが大切になります。そして、最終的には、学習者が自分で判断して学習を進めていけるようになっていくと良いと思います。
 
                  【完】


2010年08月02日(Mon)▲ページの先頭へ
学習へのアプローチ 〜覚えることと練習〜 B
覚えること
 
 
さて、子どもたちを教えていると、3日前に教えたことが完全に頭から抜けている、とか、一週間前にも二週間前にも教えたのにまだ覚えていない、というような場面に出くわすことがあります。気が短いと「前に教えたやろ!!」と怒鳴り、子どもを萎縮させてしまう…という対応(もちろん私にも経験があります)をしてしまったりしますが、子どもの様子を観察してみると、すべてを同じように覚えて同じように忘れているのではないか、と感じることがあります。
 
例えば、中学校3年生の数学で、乗法の公式・因数分解の学習において、(x+a)(x+b)の公式を覚えて使いこなせるようになっていれば、《2乗の公式》や《和と差の公式》といった公式を完全に覚えてなくてもちょっとした応用の仕方を知っていれば、基本的な問題は解くことができます。もちろん、すべてを覚えていた方が計算は速いし応用もしやすいというのは事実なのですが。
 
とすれば、最低でも(x+a)(x+b)の公式を覚えることを最優先すれば、《2乗の公式》や《和と差の公式》を覚えてなくても解ける場合がある、ということで、どちらの暗記をより完璧にすれば良いかの判断はできる筈です。私は時々、「覚えなければできないこと、覚えた方が便利なこと、覚えなくても応用でなんとかなること…といった違いがある。【覚えなければできないこと】は、とにかく、何が何でも、絶対に覚えること!!」と子どもたちに言います。すると、同じように覚えて同じように忘れる…ということは少なくなっていきます。
 
それから、自分の好きなことや良く知っていることは良く覚えているものです。それらに関連付けて覚えることが出来れば、頭に入っていきやすくなります。語呂合わせや無理やりなこじつけであっても、頭に入れば、それを使うことでさらに記憶は定着していきます。また、ある程度覚えられれば、関連することは覚えやすくもなります。好きなことや得意なことを利用することで覚えやすくなるのです。
 
それから、学習心理学的に言えば、よく使うことはしっかりと記憶していって忘れにくくなります。これは逆に、使わないことは忘れやすくなる、ということでもある訳です。私は以前、タイ人女性と結婚していましたが、その当時は、タイ語/タイ文字で短い手紙を書くことが出来ました。けれども、彼女と離婚してから日常的にタイ文字を使う機会はほとんどなくなり、ほとんどのタイ文字を忘れてしまいました。今では、日常のタイ語のあいさつもあやふやになってしまっています。
 
そんな訳で、私自身も身に染みていることなので、英語の指導や数学の指導といった教科に関係なく、「よく使うほどしっかり覚えるから、そう心がけると良いよ」という話をします。それを理解した子どもたちは、「英語の自由作文に今週勉強した新しい表現を使ってみる」とか「ようやく、連立方程式の解き方を理解したので、次の回までにやってくる宿題を出して欲しい」といった要求が出てきたりします。計算などでは、10回ほどの練習で頭に入る子もいれば、30回ぐらいの練習が必要な子もいます。そして、そのことも機会を見つけては伝えていますので、宿題のほとんどない塾で、子どもたちが自分の状況にあわせて宿題を要求する、という場合も出てくる訳です。そして、必要性が分かっていて自分から求めた【宿題】ですから、当然、意欲は高いし、取り組む際の集中力も通常とは違います。その結果、よりいっそうよく覚えるようになる訳です。
 


2010年08月01日(Sun)▲ページの先頭へ
学習へのアプローチ 〜覚えることと練習〜A
   学習へのアプローチ 〜覚えることと練習〜
 
 
 
練習は大切…でも

 
私は20年以上、自分の塾をはじめとする様々な場で多様な子どもたちと関わってきていますが、その中には、最初は別の塾に行っていたにも関わらず私の塾に来るようになった子どもが何人もいます。極端な場合、一度やめてよその塾へ行っていたのに、やっぱりこちらの方が良かった…と戻ってきた例もあります。ここ数年の例でも、5人前後の生徒が塾を移ってきていました。学習の伸び悩みがその原因だったようなのですが、こちらの塾に変わって数週間から数ヶ月の間にそれぞれ硬さがとれて、のびのびと、けれどもけっこう集中して勉強できるようになった例が多いです。

そういった子どもたちの話などから推察すると、最近の塾はたくさん宿題を出しているところが少なくないようです。けれども、学習心理学的に言えば宿題をたくさん出すことが必ずしも覚えることや練習につながる訳ではありません。それどころか、反って学習意欲を殺ぎ、能率や意欲の低下につながることも少なくないのです。実際、塾を移ってきた子どもたちの中には、塾の宿題に追われ、明らかに学習意欲が低下していた子どもも何人かいました。
 
私が指導している塾では、特別な場合を除いて、伝統的にこちらから積極的に宿題を出すことはありません。(英語の自由作文の完成が他のメンバーよりかなり遅れている時や、連続して同じものを忘れてきた時の《罰》としての宿題は出すことがありますが…)学校の宿題を塾でさせてあげることはあっても、学校の休憩時間にまでやらなければ追いつけないほどの大量の塾の宿題を出すなど、考えられないような「のほほん」とした塾です。それでも数ヶ月が過ぎる頃には「先生に、『今まで勉強してなかったやろ』と言われた」とか「学年の真ん中ぐらいやったのが、通い出してからベスト10に入った」という話を聞くことがあります。

4月からの新しい塾の生徒たちも、6月くらいになると、次第に「どう勉強したらいいのか」ということが分かってくることが多く、テスト前になると「塾の回数を増やして欲しい」とか「プリントを出して欲しい」というような声が増えてきています。そして、回数を増やしても自分で持ち込んだテスト勉強のための教科書やワークを取り出して、質問がある時以外は勝手に進めていることも少なくありません。

それから、生徒たちはまったく質問することがないかも知れなくても、家よりも塾で勉強をやりたがったりする傾向があります。その理由は、テレビやゲームなど気を散らすものが塾にはないことから勉強に集中しやすい、ということと、理科でも英語でも国語の文法でも、数学の応用問題でも、分からなければ聞けるという安心感があるからなのだろう、ということが考えられます。
 
私は、関わっている子どもたちに対して、質問や説明、個別指導といった様々な機会に、覚えることの大切さと練習の大切さを伝えています。結果として、こちらは宿題を出さなくても、生徒の方から「先生、宿題を出して」と言ってくることがあります。わからなかったことがわかるようになり、練習が必要だと自分で判断した生徒が、わかったことを家で練習するための「宿題」を自分からもとめるのです。当然、外から押し付けられた「宿題」よりも「やろう」とする意欲ははるかに高いし、その結果、定着も良くなります。そして、わかって出来るようになった、という実感が、さらに勉強への意欲を高めていきます。そうした経験を重ねることで、少しずつ「自分」で勉強の仕方がわかり、勉強ができるようになっていくのです。
 
また、今まで関わってきた子どもたちの中には、そばについてやっていれば勉強に取り組めるけれども、1人ではなかなかそれが難しい子どもも存在していました。小学校1年生くらいであればそれほど珍しいことではありませんが、それが小学校高学年や中学生といった年齢にも、少ない数ではあっても存在しているのです。あくまでもこちらの感覚的な判断ではありますが、それらの子どもたちは、自我が10歳…13歳などといった肉体的な年齢にも関わらず、年相応に育っていない未熟な部分を感じられます。だからこそ1人で勉強を続ける自信がなく、いつでも質問できたり教えてもらえたりできるような自分を支えてくる存在が必要なのだと思います。

けれども、外見的に大きくなっていると、周りの大人はそうした不安や自信の無さを理解できません。だから、小学校1年生のように長時間、丁寧にそばについていることはほとんどありません。それほど時間的な余裕が大人の側にもない、という状況が存在している部分もあるのでしょうが、「甘えている」あるいは「集中力がない」というように思われている場合が多いように思われます。大人の側に自我や学習についての知識と目の前の子どもの現実に対する理解、そして時間的な余裕があればそうした「甘え」だとか「集中できない」というような見方も変わってくるのかも知れませんが、なかなかそうはならないようです。大人の忙しさや余裕の無さからくる鈍感さの問題もあると思いますが、気付いた人から出来る範囲で改善の努力を重ねていくことも必要だと思います。

具体的には、勉強に際して、出来るだけそばにいてあげること。大人がTVやDVD、ゲームといった子どもの集中を乱すようなことをするのでは一緒にいると返ってマイナスになりますが、子どもの集中を乱さずいつでもサポートできるような行動、例えば本を読んでいたり、パソコンで資料を作っていたりはしていても良いと思います。ただ、わからない、と本人が助けを求めている時には、すっと教えてあげられる…というのがベストです。その際には、着眼点やポイントを指摘しながら途中まで一緒にしていっても、最後の寸前で手を引き、自分で完成させる形にするのが良いでしょう。慣れてくれば、ポイントだけ指摘し、後は自分で取り組ませるなど、関わる時間は徐々に少なくしていくように心がけることも、1人で学ぶ力をつけさせていく際のサポートとしては重要です。最初は手がかかりますが、力がついてくれば、勝手に自分で進めていけるようになります。そうなれば、大人には忙しい日々の中で心にゆとりと落ち着きをもたらしてくれる読書の時間、子どもには勉強の時間…となるかも知れません。

でも、「教えるまではちょっと…」と思われる方もあるかも知れません。そんな場合は、一緒に勉強する…というのもアリです。例えば、高校の時には分からなかったことが、大人になってふと子どもの教科書や参考書を丁寧に読んでみると意外なほど簡単に分かる…という場合があります。中学や高校の時は狭い見方・考え方しかできていなかったのが大人として様々な経験を積むことによって以前よりも幅広い見方が出来るようになったことで、当時は分からなかったことが分かるようになる…ということはあるものです。自分が分かってしまえば、子どもに教えられる場合も出てきます。また、一緒に勉強している…ということが子どもの目からは親しみや共感につながり、今まで口を閉ざしていたことを話してくれるきっかけとなったりもします。何よりも自分を見守ってくれている存在がある、ということが子どもに安心感や安定感を与え、勉強に集中しやすくなる環境を作っていくことにつながっていくのです。



2010年07月31日(Sat)▲ページの先頭へ
学習へのアプローチ 〜覚えることと練習〜@

はじめに
 
 
学習を進めていくにあたって、理解することと覚えること、そして十分に時間をかけて練習することはとても大切です。そして、理解することによって覚えていく道もあれば、練習を重ねる中で理解していく場合もあり、覚えることが理解につながっていくこともあり……と様々な過程が学習にはあります。けれども、その三つをバランスよく組み合わせることで学習した内容が定着したり深まったりすることは、あまり一般的には意識されていないようです。
 
そのため、問題を解く/あるいは消化するだけで勉強をしたつもり/させたつもりになっている子どもや大人は意外と多いようです。そのため、伸び悩んだり、わからないところすらもわからなくなってやる気を失ってしまったりして、結局、学習そのものをあきらめてしまう……そんなシーンも少なからず見かけます。
 
以前はそれ程でもなかったのですが、最近は、学習に問題を抱えて行き詰ったりやる気をなくしてしまったり、勉強の仕方がわからなかったり、といった子どもたちやその家族と関わる機会が増えています。そして、関わりを続ける中で再び学習に目を開き、学びを再開していく子どもたちを何人も見てきました。
 
そこで今回は、再挑戦も含めた、学習へのアプローチについて考えてみようと思います。
 


   


【サークルぼちぼちいこか/伊勢志摩不登校ひきこもりを考える会】は、事務局の浜口が、【三重県登校拒否・不登校・ひきこもりを考える会】(三重県・考える会)の世話役をしていたところ、「伊勢志摩にも家族会を!!」という声が上がったため作られたものです。


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浜口 拓/志摩市志摩町片田で小中高15校20年の経験とフレネ教育やカウンセリングの知識を生かした《浜口塾》を開いています。教育相談にも応じます。また文学活動などもしています。よろしければ【TAC雑想記】 【TAC文芸樹】のblogも覗いて下さい。

カレンダ
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